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第2 難航する捜査 4.

4.


 十一時二十七分。

「あー、協和薬品株式会社さん? お宅に畠山さんているよね。そう、畠山さん。 ――総務課? ――そう、その畠山さんをお願いしたい。――え、俺か? 大分県警、捜査一課の赤松という者だが」刑事らしからぬ横柄な口ぶりで言う。

 受付の女なのかよく分からないが、相手が畠山の在籍確認の為に保留にした。電話越しにオルゴールのメロディが流れる。

 警察と言った途端、急に狼狽えるのが電話を通じて窺えるがすぐに頼むぜ。

 煙草を咥え、火を点ける。

 呑気にメロディが流れる。

 暫く待たされる。あのな、一体何時まで待たせる! まったく、まどろっこしい。

 それから、ややしてからメロディが鳴り止む。

 電話越しの女は淡々と話す。

「おい、もしもし。――そう、じゃあ。午後にでもお宅へ行くが、その旨を伝言しておいてくれると有り難い。――え? いや、それはそちらへ行った時に話すよ」

 話を終えると携帯電話を胸ポケットへしまう。

 煙草の灰を足元に落とすとふうと一息吹く。青紫の煙を燻らせ県警の屋上から交差点通りを見下ろす。腕時計を見遣るともう少し時間がある。もう一口吸うと、まだ半分ほどの吸い差しを足元へと投げ捨て革靴の爪先で捻じ消した。

 突然、胸ポケットの携帯電話が振るえた。徐に取り出すと見覚えある差出人からのメールだった。辺りに注意を払い、サッと目を通して直ぐに閉った。顎を擦りながら呟く「綾の奴、元気そうだな。又、小遣いでもやるか、何か買ってやるとするか」

 さてと――、初めて会う畠山という男はいったいどんな人物なのか楽しみだ。少し突付いておいて脅しておこうか。奴さん、動揺して尻尾を出してくるかもな。でもって甘っちょろい腑抜けな野郎なら、さっさと追い詰めて洗い浚い吐かせてやる。気合が入る。


 赤松は陣屋を従え二人でPCに乗り込み県警を出ると、ものの数分で駅の交差点を過ぎる。そこから見上げながら『協和薬品株式会社』の入っているビルディングを探すとすぐに十階建ての生命保険会社のビルディングが目に入ってきた。ビルディングの裏手、駐車場に到着したのは午後十四時を少し回った頃だった。

 降り立ちビルディングの正面入り口に立つ。

「ここのようですね」

 陣屋の呟きが耳に入らないようだ。赤松には陣屋の言葉も耳に入らぬ程気持ちを畠山へと向け、ねめし見上げる。それから不適にも右唇を引き上げ薄く笑う。

 エレベータ前、吹き上げのエントランスホールで会社のプラカードを見るとすぐに分かった。『協和薬品株式会社』の社名しか見当たらず、五階フロアー全体を借り切っているようだ。駅近くの一等地にある生命保険会社のビルディングに入居しているからには相当な家賃を払っているはずだ。医者と薬屋は儲けるもんだな、まったく。

 受付で名刺を渡すとすぐに隣の小会議室へと案内される。電話連絡しておいたことでの手際の良さというより、今か今かと待ち構えていたと思わせる応対だ。受付の奥には数十人と思える社員が忙しそうに仕事をしている。


「大変申し訳ありません。生憎、支店長が東京出張の為、私が応対させて頂きます」

 少し強張った表情で高松は答える。

「いや、手間は取らせませんよ。少しばかりお聞かせ願いたいことがあって」

 赤松と陣屋は会議室のソファーに座り、高松と言う統括部長と向き合っていた。

「どうぞ」とテーブルのお茶を勧める。陣屋が遠慮なく一口啜る。

「早速ですが、大分なぎさ総合病院はお宅の顧客ですよね」陣屋に遅れて湯飲みに手を掛けながら赤松は話す。

「ええ、そうです。お得意様でいつもご贔屓にして貰っています」

 赤松はお茶を啜る。

「そこの事務長の息子さんの事、知ってますよね」高松に目を向けながら湯飲みをテーブルへと置く。

「そうなんですよ。当社も事務長、米沢様のご子息の事をお聞きして、それはもう残念でなりません。私も子を持つ親として怒りを覚えます。一刻も早く犯人を捕まえて下さい」

「そうですな。とんでもない事件です」一応、相槌して建前の返答をする。

「ところで大分なぎさ総合病院の担当営業はどなたですかな?」

「そう確か、西城課長の部署が担当でしたね。誰だったかな?」

「畠山さんでは?」

「いえ、畠山は総務部ですから」

「そうですか? 以前は担当じゃなかったですか? 私の記憶違いだったかな」

「え、そうかな。そうだったような……」落ち着きのない男だ。

「現在の担当は確か、池辺か甲斐だったような。支店長へ西城課長と二人で打合せしてましたからね」曖昧にしているというより、あやふやなようだ。

「刑事さん、うちの畠山が何かしたのですか? まさか、彼が」

「そんな事は言ってませんが」

「犯人な訳ないじゃないですか」

 このショボイ男と世間話をしに来たのではない。畠山はどうした。その真意を探り、目星をつけにここに来たのだ。

「ところで部長さん。畠山さんは?」

「ああ、大丈夫です。本人には先ほど私から伝えてありますから、すぐにこちらへ呼べます」

 ここに来る前にすでに畠山にあれこれと警察への返答も何かしら会社に影響ないようなトークと指示しているに違いないが、まあいいだろう。

「少しお待ちください」と言うとすぐに入り口に設置してある内線電話へと手を伸ばした。

「ああ、畠山君をこちらへ、――ああ、小会議室へ。至急だよ」

 本当に落ち着きのない気の弱そうな男だ。とにかくいい加減にさっさとしろ。用事があるのはお前ではない。

 赤松は腹の中で毒づきながらも苛つきを隠す。

「すぐに来ます。あの……」

「まだ何か?」

「私も同席したほうが……」

「悪いんですが、本人一人でお願いしたい」

「ああ、そうですか」

 ドアを叩く音が部屋に響く。

「失礼します」ドアを開くと同時に男の声がした。

「ああ、畠山君。こちらへ」手招きをして急かす高松。

「あんたが畠山さん? 私はこう言うものだ」

 畠山がソファーへ座ると同時に赤松が懐から名刺を取り出し話し掛けた。

「ああ、訊いてます。あかね公園の件ですよね」

「なら、話が早い」早々だが、なんとなく太太しい野朗だ。

「で、そのことが私に何か?」

 赤松は向かいに居た高松をじっと見遣る。

「そ、そうか、取りあえず退室ですな」高松はソファーから立ち上がりながら言う。

「申し訳ない」赤松は高松を一瞥してすぐに畠山へと視線を向ける。

 渋々と小会議室を出て行く高松。

 赤松と並ぶ陣屋二人と畠山はお互い隙のない表情で対峙した。

 空気が詰まるなか、ややして赤マムシは背広のポケットから煙草を取り出した。

「ここは禁煙ですかね?」

「いえ、どうぞ」と言いながら畠山は灰皿へと促した。

 灰皿があるのは分かっていてもわざと確認し「どうですか?」と煙草を畠山へと勧めた。

「いえ、結構です」

「そうですか。お吸いになるんでしょ」意味有りげに言う。

「今は結構です」畠山は左手を軽く持ち上げ制した。

「それは、失礼」赤マムシは口をへの字に歪ませて取り出した煙草を背広に戻した。

「ご存知の通り、あかね公園の事件ですが」

「米沢事務長の息子さん、とても残念です」

「そうですな、いたいけな子供を」

「許せないですね、子供を持つ親として遺憾です」

「真にもってですな。ところで畠山さんも息子さんおるんでしょ」

「ええ、まあ」

 畠山は迷惑そうな表情になる。

 畠山の表情をまったく気にもかけず、赤松はすぐに次の質問を繰り出す。

「では、早速ですが。畠山さん十三日の午後、およそ十六時頃はどちらにおりました?」

「何ですか? いきなり」

「まあ、一応」

「あの、刑事さん。この質問はもしかして米沢さんの息子さんが殺害された事件に関わることで私が疑われているのですか? アリバイですか?」

「まあ、そんな所ですな」

「馬鹿馬鹿しい。そんな訳あるわけ無いじゃないですか」

「なら、どちらへ? 証言できる人は?」

「え、あの日は確か――。そう、病院に行ってましたよ。息子の入院先の大学病院です」

 不機嫌で面倒な顔を作り答える。

「で?」

「で?」オウム返しの畠山。

「ですから、それを証言できる人は?」陣屋が割り込んで話す。

「証言できる人?」言葉が詰まる。

「畠山さん。はっきり言っときますが、我々、いや警察はあんたに疑いを持っている。解かりますか? だから、その疑いを取り払う証言が必要です。そうでないと、とても困ることになる。――あんたが」すでに被疑者として扱う口調でずけずけと話しかける。

 そう言われてすぐに畠山は腕を組み考える。あの日を思い出すかのように。

「いや、あの日は午後会社を早退して息子の検査結果を訊きに行ったのです。その時間帯は病院に居ましたよ。多分、夕方くらいまで。看護婦さんに訊いて下さい」

 一瞬考えたが、確か、あの時間なら病院を出て妻を捜していた時間だ。正直、誰かが証言してくれる人は居なかった。言えば更に疑いを持たれ、ややこしいと咄嗟に思った。だから、つい時間を曖昧に誤魔化した。

 その話を手帳に書き込む陣屋。

 この男、言葉を選んでいるようだ。さり気無く話す会話に隙がない。少し、手が掛かる男かもな。自分のことをハッキリと言わず、どちらとも取れる事を言う。疑われない程度のところで話すところはナメてかかれないと見た。だが、病院に行って調べればすぐに判ることだ。

「そうですか、じゃあ、質問を変えますわ。最近揉めたり、トラブったりした事を耳にしたりしてないですかね?」

「私が米沢事務長に恨みを持っているとでも? ――まさか」呆れた表情で吐き捨てる。

 その瞬間、赤松は畠山の目の動揺と視線を確認した。

 畠山は威嚇するように睨み付ける赤松の視線に黙って耐える。

「あんたは以前、営業部に所属していましたよね」

「え、ええ」

「その時、大分なぎさ総合病院の営業担当をしていた、と訊きましたが」

「そうです。それが何か?」

「米沢事務長と仕事以外にお付き合いしとったんでしょ?」

「いえ、仕事のみで偶にお酒のお付き合いする程度ですが」

 この男と米沢とはスナック『ボンソール』に行っていた事はウラが取れているので間違いない話だが、態と浅い付き合いと賺したことを言う男だな。よくもヌケヌケと言ってのける。

「他にお付き合いは?」

「特にないです」

「ほう、ゴルフとか、マージャンとか色々あると思いますがね。なんせ、医者相手の商売ですよね? 取引額も半端じゃない。お付き合いもそんじゃそこらの物を売っている営業とは違ってそれ相当な持て成しでもしないとね」赤松は顎を擦りながらねめし上げる目つきで粘りっ濃く意味ありげに揶揄する。

「失礼な人だな。ない、と言ったらないですよ」

「じゃあ、まあそういう事にしておきましょうか」

「何が『じゃあ』ですか刑事さん。私は何も疑われることは無い」

 今度は畠山が赤松に睨むように視線を向ける。

「一応、これは警察の事務的な手順ですわ。気を悪くしないで下さい」見え透いた事を平気で言う。

「そうそう畠山さん、最後にもう一つ。事件当日、奥さんを公園で見かけたと言う情報があるのですが、その事について何か?」最後は単刀直入に抉る。

「それがどうしたと言うのですか? 偶々公園に行ったということだけで疑われるのですか? どちらかと言えば目撃者としてなら分かりますが」

 赤松の目が細くなり、黒眼の奥で鈍く光った。

「そうとも言えますが、奥さんも疑う余地はありますな」

「だから、何を根拠に? 刑事さん。いきなりやって来て犯人扱い。頭ごなしに私や妻を容疑者の疑いを掛けられるような事は何もない」目を見開いて顔面紅潮する。

「失敬。言い過ぎましたな」赤松は頭を下げる。伏せたまま唇の両側が引き上がる。

 少し見えてきたな。何となくだがそんな予感がする。俺は公園で見かけた、と言っただけだ。鎌をかけるつもりは無かったがあの男の口から『偶々公園に行った』と。

 やっこさん何か隠していると判断して間違いない。

「お手間を取らせました。今日はここで」赤松はふいにソファーから立ち上がる。

「刑事さん、もう結構です。私の所に来ても何もないですよ」チラッと見上げながら言う。

「そうですかね」中腰になりながら答える。

 陣屋に退散するよう伝える為に目配せした。

「それでは」

 畠山は赤松の背中を睨む。

 二人が小会議室を出て受付の前を通り過ぎようとした時、高松が飛び出てきた。

「どうもどうも、ご苦労様でした」

 手を揉みながら、穏便にとでも言いたげな顔で見送る。従業員に犯罪の疑いがあっては世間の評判や噂話でライバル会社にビジネスの負けとなることを恐れている。それよりなによりこの手の男は自分自身の立場が悪くなりかねないと思っているだけだ。

 二人がエレベータの前に立つと高松が勝手に行き先階数表示の横にある降下ボタンを押す。意識的なのだろう、少しでも早く帰って欲しい素振りが無意識のうちに働いているようだ。

 少し待つとエレベータの扉が左右に割れる。すると中から鞄を抱えた少し小太りの男が飛び出して来た。擦れ違いざまに肩が触れた。

 振り向き様に赤松とその男に視線が絡むと驚いたのか「失礼しました」と頭を下げてきた。

 一瞬だが社員証の名前に目が行くと『甲斐』と読めた。


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