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結婚しませんか。

作者: 渡辺律

それが第一声というのはどうなんだろうか。








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今、あたしが陥っている状況をいちから説明するのは面倒だ。なにせ、あたし自身もよくわかっていない。

ただ、どうやらあたしは異世界トリップというやつをやらかし、かつ、王道であろうきらきらした王子様からの求婚を受けている、というわけだ。こうやって事情を整理すると胡散臭いな。


「で、結婚してくれるの?」

もちろん、してくれるよね、という副声音が聞こえたのはあたしだけではあるまい。空気が読めるって素晴らしいことだ、うむ。


「結婚してなんのメリットが?」

「メリットとか必要なのかな?」

にっこり笑い合うあたしたちに王子の後ろに控えていた宰相っぽい人の顔が引きつり始めた。国の顔である宰相があんなに表情豊かでいいのだろうか。ふつう、宰相といえば鉄面皮であるべきだろう。それこそ有名なビスマルクのように。


「そもそもあたしがいた国では、結婚は一種の契約です。実質的要件と形式的要件が決められていて、離婚にも国が介入する場合があります。とはいえ、一般の契約、あたしがいた国だと典型契約といわれるようなやつなんですが、まあ、例を挙げると売買契約を思い浮かべていただければわかると思います。結婚は一種の法律的身分にかかわるので、必ずしも典型契約と同じとは言い難い面もありますけど。ですが、契約なんです。契約とは両者にメリットがあるからこそ結ばれるもので、今現在、あなたと結婚することによって得られるメリットはありません」

ずばっと言い切ったあたしにとうとう宰相っぽい人が胃のあたりを押さえた。王子の後ろにいたから宰相かと思ったけど、この分だと違うのかもしれない。


「一目ぼれしたから、というのは実質的理由にならないのかな」

「なりませんね。実質的理由は客観的に結婚生活を営むことについての外部に対する意思表示ですから」

そういうことを習った気がする。必修じゃなくて、暇つぶしもかねてとった家族法だったからよく覚えてないけど。

それに、たしか実質的理由って法律の規定はないんだよね。形式面だけだった気がする。ホントうろ覚えだけど。


「僕は一目ぼれした君をそばに置きたい、君は僕の庇護下に置かれ、不自由なく生活が送れる。お互いのメリットが合致するじゃないか」

「あなたの庇護下に置かれることにあたしがメリットを感じないのであれば、合致するとはいえません。そしてあたしはあなたの庇護下に置かれることによって引き起こされるデメリットの方が大きいと考えられるので、メリットの合致はありません。よって契約不成立です」


あたしが女子高生とかであれば、キャーとか言って王子の申し入れを承諾したかもしれない。若いからやり直しがきくし。

けど、二十歳すぎた女がそんな申し入れを承諾するなんてない。王子の申し入れに間髪入れず、イエスと答えるのはよっぽど頭が働いてない時か、強かな女くらいだ。

よって、あたしには無理。

可愛げもなければ、寝起きでもない。








+ + +








お互いが一歩を譲らないまま、微妙な空気が流れたがそれを破ったのは、宰相っぽい人だった。


「殿下、彼女も混乱していらっしゃるようですし、お疲れかと思います。いちど、時間を置かれてはいかがでしょうか」

なんてナイスなことを言うんだ。ポーカーフェイスができなくったって、全然問題にならないよ。あんたみたいなのが宰相で良かったね、とあたしが宰相っぽい人を心の底から褒めていると、殿下と呼ばれた王子も一理あると思ったのだろう。

「とりあえず、侍女を寄越そう。彼女に要望を伝えてくれればなるべく応じるように計らうよ」

「ここから出してください、というのは有効ですか?」

「僕といっしょならね」

あたしたちはにっこり笑い合う。宰相っぽい人がまた胃のあたりを押さえている。今度、胃薬を差し入れてあげよう。たぶん、日本の科学は異世界にだって通用するはずだ。







+ + +







「君ときたらなかなかうんと言ってくれなかったねぇ」

「そりゃそうですよ。いきなり知らない世界に来た、と思ってたら結婚しませんか、なんて。バカにしてんのかと思うでしょ、ふつー」

「そのあとに一目ぼれした、ってきちんと言ったのに」

「あのねぇ、あなた自分の顔ちゃんと見たことないの?そんなきらびやかな顔を持ってる人がのっぺらりとした日本人に一目ぼれするなんて思わないでしょ」

「それは偏見というものじゃないかなぁ」

「うるさい」


なんでこうなったのか、あたしにもさっぱりわからないのだけれど、結局のところ、あたしは王子の申し入れを承諾してしまったのだった。

ちょっと早まったかな、と思ったけれど、あたしと王子の子どもはすっごい可愛い。本当にかわいい。この点に関しては、王子と結婚してよかったなと思う一つだ。詳しく言うと東洋と西洋の神秘がうまく合わさった、といえばいいだろうか。濃い金色の髪に幼い顔。まるで人形のようだ。性格も素直で大変愛らしい。王子の子だからひねくれたりしたらどうしようと少し、心配していたのだけど全然問題なかった。あたしと王子の間には二人子どもがいてどちらも男の子なのだけれど、あたしの言うことはよく聞くし、勉強もよく頑張っている。褒めてあげると全身で喜んでくれるから、そのたびになんてうちの子は可愛いんだろうと思わずにはいられない。今から将来が本当に楽しみ。



あたしが宰相だと思っていた人は宰相ではなかった。王子の侍従だったらしい。なんでも王子の幼馴染なんだとか。幼馴染っていうだけで、王子のしりぬぐいを任せられているというなんとも哀れな人だ。しかし、仲良くなった侍女とかに聞いたら、あのへたれっぷりがたまりません!ということで一部に人気があるらしい。今度、誰か紹介してあげよう。


王子と結婚するにあたって、本物の宰相に会ったけれど、彼は宰相という役職にふさわしいポーカーフェイスだった。たまたまあたしがこの国に来たとき、なんでも隣国で諍いがあって、宰相はその諍いの場に赴いていたらしい。しかし、王子を野放しにしておくと、王子が何をしでかすかわからないということで、侍従がついて回っていたんだとか。さすがよくわかっていらっしゃる。こういう宰相さんがいるならこの国も安泰かもしれない。

宰相さんとは今やいい茶飲み友達だ。宰相というだけあって知識豊富だし、物腰もやわらかい。二日に一度くらいは一緒にお茶を飲んでいると思う。それに王子が嫉妬しているみたいで、宰相さんと会った日の夜はねちねちとやられる。

男の嫉妬は見苦しい、と苦情を言ったら、さらりとふつうの男ならね、と返された。

ナルシストなんだろうか、と若干引き気味になっていたら、あたしの冷たい目線に気付いたらしい王子がにっこり笑って、事実だろ、と言った。そういうところがあほっぽくて絆されてしまったのだと告げたなら王子はどんな顔をしてくれるだろうか。



「気になったんだけど」


と、ある日、いきなり王子が切り出した。この時間、アナタ執務の時間のはずでは、と思わないでもない。

まあ、そのうちいつものようにへたれ侍従が呼びに来るだろう。そしてそのあとはみっちり宰相さんにお説教されるに違いない。あたしには関係ないので、執務に戻れよ、なんてことは言わない。これも一種のやさしさだと思う。毎回、宰相さんにこってりしぼられているのに学習しない男だ。


「何が」

でも、あたしは一応優しいので返事はしてあげる。返事がぶっきらぼうなのは、別に今から可愛い可愛い息子たちのところに行こうとしていたのを邪魔されたからではない。決して、ない。

「僕さぁ、もう王子じゃないんだけど」

あたしのぶっきらぼうな返事なんて王子は慣れているから完璧スルーだ。

「ああ、うん、そうだね。で?」

王子はあたしと結婚する直前くらいに、戴冠して今やこの国の王様なのだった。いまだに王子と呼んでいるのは昔の名残だ。

「そろそろ名前で呼んでくれてもよくない?」

「名前で?」

「そう」

「なんで?」

「呼んでもらいたいから。それにもう王子じゃないから、王子って呼ばれるのはおかしいでしょ」

「ふむ、一理あるね」

「でしょ。なら名前で呼んで」

「しかし断固拒否する」

「なんで」

「拒否というか不可能だから」

「不可能?」

「そう。なにせあたしは王子の名前を知らない」

「いやいやいや、今更なに言ってるの。王妃が王の名前知らないってありえないよ」

「それがありうるからあたしは知らないんでしょーが。つーか、あんたらの名前ってあたしにはどうも発音できないみたいなのよね」


これが困ったことに本当なのだ。


なぜかトリップしたときから、言葉だけは通じたのだけれども、名前だけはどうしても聞き取れないし、発音できない。もにゅもにゅ言っているようにしか聞き取れないのだった。

あ、自分の子供は別です。

なにせあたしが名づけたんだからあたしが発音できないわけがない。

ところが、これが他の人だとダメなのだ。

だからあたしは役職名だとか、あだ名みたいなのでみんなを呼んでいる。

いまさらそれに気づくなんて王子、あほだな、とあたしは思うんだけど王子にとっては重大問題だったらしい。

王子を呼びに来た侍従に宰相さんと侍女長さんを至急呼んで来い、と言ったかと思ったら、なにやらこちらを向いてもにゅもにゅ言っている。どうも名前を言っているようだ。


いや、だからもにゅもにゅ言ってるようにしか聞こえないからね!意味ないよ!と心の中で叫ぶけど所詮心の中の叫び。読心術の心得なんてない王子に伝わるわけがない。

そうこうしているうちに宰相さんと侍女長さんが侍従とともに部屋に入ってきた。

そして三人でなにやら隅の方でごにょごにょ話し合っている。侍従が数に入っていないのはお約束っていうやつだ。





それからあれよあれよでなぜか特訓を受けることになってしまった。王妃が人の固有名詞を発音できないなんて大問題です!ということらしい。うん、まあわからんでもないが、朝から晩までもにゅもにゅもにゅもにゅ聞かされてたら頭狂いそうです。






「もういやだー。こんなとこ帰るー」

「帰るー、じゃありません。どうやって帰るんですか。帰ったら王子たちにだって会えないんですよ」

上品な白髪の侍女長と毎日もにゅもにゅの練習。なんなの、この精神攻撃!

「それはいやだー」

「だったら早く聞き取れるようになってください。というかなんでそんな重大なこと今まで黙ってたんですか」

「いや、問題なかったし」

「大有りですよ。さっ、ほら発音して」

「いーやーだー」





いろいろ後悔することもあるけれど、あたしは結構幸せです。


勢いだけで書き上げたものですが楽しんでいただけたらうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  予想外なオチに笑わせていただきました。  ところで、王子は、お約束の『名前を呼ぶまで離さない(ベッドから出さない)よ?』ってのはやらなかったんでしょうか?  それとも、それさえも主人公が…
[良い点] 名前が呼べないって大変ですねw オチとしては面白い。 (最初は健気な抵抗だと思ってました 外国人の音程が難しいんでしょうかね− まあ 外国人にとって 寿限無〜 とか難しいらしいですからし…
[良い点] 王妃神経タフだなと感心してしまいました。 貴族たちとの交流とか大丈夫だったのでしょうか。
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