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短編集

消えた恋 消えぬ執着

作者:

 悪魔の囁きは天使のような青年が囁いた。

 金色の髪に青い瞳。目の覚めるような中性的な美貌をもった青年の背中には黒い翼が生えていた。


 「奇跡を望む?たった一つを犠牲にすれば君に奇跡をあげる」


 その言葉に逆らえるほど私は強くはなかった。

 何を喪っても彼だけは喪えなかったから。


 ハンドル操作を誤ったトラックが私と恋人である早川俊の乗ったバスに激突したのは梅雨入りしたばかりの6月のことだった。


 「しゅん・・・・?」


 気がつくと私の上には血塗れになった俊がいて。

 どんどん流れていく俊の血にぞっとなった。


 「俊?俊!」


 慌てて抱き起こしても俊は何も言わない。呻き声すら上げない。


 「答えて!俊!」


 触れた頬はこんなにも暖かいのに・・・どうして俊は動かないの?息をしないの?

 私の心臓がうるさい。恐怖で足が竦んでしまう。私はぎゅっと俊を抱える。そうしないと消えてしまいそうで怖かった。


 「俊・・・俊・・・・・」


 私自身頭と腕に大怪我を負っていたため意識が途切れ。そして気づいた時には病院のベットの上にいた。


 「俊・・は・・・・」


 母の曇った顔で全てが分かった。

 そこから先は錯乱していたからよく覚えていない。

 ただ、何日も何日も叫んで泣いてそのたびに鎮静剤を打たれた。


 彼がいない。

 どこにもいない。

 それが私の心を殺す。

 正気と狂気の境を彷徨う様な精神。いずれ崩壊するであろう予感を孕みながら私は彼を想って泣いた。

 そんな日々に彼は現れた。


 「奇跡を望む?たった一つを犠牲にすれば君に奇跡をあげる」


 ふわりと音もなく病室に現れた天使のような外見の悪魔はにっこりと私の顔を覗きこんでゆっくり言い含めるようにそう囁いた。


 「・・・・き、せき?」


 悪魔の声がどうして届いたのか分からない。だけど彼の声に私の意識は確かに現実を見た。


 「君の時間を戻してあげよう。だけど代償に君の一番大切なものをもらう」


 たいせつなもの?そんなものもう、ない。


 「いや、あるよ」


 私の心を読んだように悪魔が答える。


 「君の恋心」


 悪魔がそっと私に胸元に指を指した。


 「君の彼への想い。恋心を代償に彼を助けるのを手伝ってあげよう」


 さぁ、どうする?と悪魔が哂う。

 私は・・・・小さく答えを言葉にした。



 「・・・・・好きなんだ。付き合ってくれ」


 悪魔が戻した時間は事故から丁度三ヶ月前。彼に告白された瞬間。

 真っ赤な顔で私を見ている。

 私は知っている。

 青白い顔。私を染めた彼の血。

 私と付き合ったらあの事故の日、彼はあのバスに乗る。

 私の両親に挨拶するために。

 そして事故に遭って死んでしまう。

 胸にぽっかりと開いているのは彼への恋心。

 記憶はある。だけど恋していた気持ちだけがない。


 「ごめんなさい」


 だから断りの文句は案外あっさりと口から飛び出した。


 「悪趣味」


 俺が「報酬」を眺めていると背後から少女の詰るような冷たい声が聞こえてきた。

 「報酬」を懐に収めて振り向くと黒髪に赤い目をした白い羽の天使が腕を組んで俺を睨み付けてきた。

 それに俺はへらりと哂いかける。案の定相手は不快そうに眉を潜めた。


 「なに?なにか不満でもある?」


 「悪趣味」


 少女はもう一度繰り返した。

 俺は少し笑いたくなった。悪魔に対して悪趣味とは随分な誉め言葉だ。


 「俺が糧をどう得ようとも俺の勝手だよ。俺ら「堕落者」は人の感情で命繋いでいるんだから」


 そう本来なら天使も悪魔もそれぞれの世界で気を与えられるが「堕落者」と呼ばれる追放された者たちは存在を保つための気を得るために人の感情を欲する。


 時に願いをかなえて。

 時に人の残した強い思いに触れた。

 俺は願いをかなえ、少女の感情をもらった。どこからも文句を言われる筋合いはない。


 「そんなこと、分かっている。だが、あれは余りにも・・・」


 心が壊れるほど愛した男を拒絶しようとしている少女に天使は同情めいた感情を抱いているようだ。

 馬鹿らしいと思う。元、天使だからか彼女は大層慈悲深くできていた。

 俺と同じで堕ちた存在でありながらどこまでこの少女は清らかであり続けるのであろうか。

 俺は哂った。

 天使が微かに眉を潜め、俺をにらむ。

 憎しみさえ篭もったその眼差しに俺は憎悪にすら似た執着を覚える。

 天使でありながら黒い髪・赤い瞳を持つ少女と悪魔でありながら金の髪・青い瞳を持つ俺。

 出逢ってしまった。知ってしまった。

 だから俺は「堕落者」となり、天使を堕した。そして堕ちた天使を俺は決して手放しはしない。

 狂気に染まった執着の行く果てを俺はまだ、知らなかった。 


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