婿入り予定の婚約者に立場をわからせようと、魔術をかけました。豚にしました。
「ほう、この魔術、本物だったのですねえ」
私は思わず口の端が上がってしまった。
魔法紙が綺麗に燃えて、灰になっていく。
それと同時に、目の前にいた婚約者が縮んでいった。
見える姿が変わり果てて、私は婚約者を物理的に見下ろすことに成功した。
精神的にはとっくの昔に見下していたが、まあそれはいいだろう。
「……ブー」
婚約者が、鳴いた。
「おお〜、古代の魔術が現代でも使えましたよ。素晴らしいですねえ」
「ブヒー!」
「婚約者殿が立派な『豚』になりました、最高ですねえ」
私が軽やかに拍手すると、豚がフガフガ何か言っている。
鳴き声まで汚らしくて、嫌な感じだわ。
「たまたま読んでいた本に載っていたものですが、試した価値がありました」
見事、『人間を豚に変える』というものが成功した。
私に魔法の素質があってよかったと思ったのは、はじめてかもしれない。
「さて、婚約者殿。あなた、自分の立場はわかっていらっしゃるのかしら?」
「ブヒー!」
「あなたに怒る資格もなければ、反論する資格もないのですよ。ふふっ、今は言葉も発せないですがね」
「ブー!」
「あなたは我が家に婿としてやってくる人。私は当主になる者。立場が違うというのに、随分調子に乗っておられますね?」
私は腕組みをして、豚を見下ろした。
食べても美味しくなさそうなところまで、残念だわ。
「なんでも最近、若い男性陣の間で、婚約者を蔑ろにして別の女性を抱き込んだり、あろうことか婚約者に恫喝したりするのが流行っているそうじゃありませんか」
「……ブ」
「で、あなたも一丁前に恋人みたいな女性ができたそうですね。しかも、平民の女性」
「ブヒーブヒー!」
「ああ、元貴族だと言いたいんですかね?彼女の家は、とっくに没落したじゃありませんか。そんなところに縋っているから、あなたみたいなのが目をつけられるんでしょうね」
はあ…、と深いため息を吐いてみても、ブヒブヒ言ってくる。耳障りね。
「あなた、自分が婿に来る自覚はないんですか?我が家からしたら、あなたの代わりなんていくらでもいるんですよ?」
「ブーッ!」
「たかが伯爵家の次男で、騎士にもなれなきゃ文官にもなれない落ちこぼれがやっと貴族を保てるのは、我が家に婿に来れるからだとわかっていないのかと訊いているんです。……はー、こんな当たり前のこと、いちいち説明させないでくださいません?頭が痛いわ」
額に手を当てて侮蔑の視線を送るが、豚は辺りをぐるぐるするだけだ。使えないわね、本当に。
「あなたのお兄様は嫡男な上にとっても優秀で宰相補佐官に一番近い人、出世は確実」
「ブヒー…」
「その上、あなたの弟さんまで近衛騎士として合格が決まりそうらしいですね」
「……ブヒー」
「あなた、なんの取り柄もないくせになんでこのままうちの婿になれると思っているんですか?」
「………」
肝心な時に黙る癖は豚になっても、かわりないらしい。
本当に嫌な性格。
「私はあなたの家と繋がりを求めているだけで、あなた自身には興味ありません。まだ婚約者のいない弟さんに婚約者を変わってもらうよう、打診したっていいのですよ」
事実をそのまま突きつけると、豚は悲しげに鳴いた。
可愛くない、やっぱり豚にしてもダメだったわ。
「あなたの道は2つ。立場を理解して私の言うこと聞いて、このまま結婚にこじつける。貴族にはなれます。もしくは、私に婚約破談にされて平民となり、平民女と慎ましく生きていく。さて、どちらがよろしいのかしら?」
私の問いかけに何も返してこない。
最後の優しさで、道まで示してあげたのに、本当に頭空っぽなんだから。
「ああ、それとも第三の道にされますか?」
私はニーッ…と口の端を上げて、足を上げた。
淑女としてははしたないかもしれませんが、豚相手なのでいいでしょう。
そのままヒールで、豚を踏みつけた。
「ブヒッ!」
なんか喚き声みたいなのが聞こえたけど、知らないわ。
グリグリとその体に痛みを与えながら、優雅に微笑んであげた。
「このまま豚の丸焼きにして、一品料理にでもなりますか?」
豚の目が潤んで、ブルブル震えているようにも見える。
少しは自分の立場がわかったかしらね。
「さて、どうしますか婚約者殿。丸焼きにしておきますか?」
「ブヒブヒブヒーッ!!!」
「なんですか、何を言っているかわかりません」
「ブヒヒーッッ…!!」
「ああ、もううるさいですねえ」
パチンと指を鳴らして、姿を元に戻した。
豚から人間に戻ったら、床に落ちていた服装までは戻らずに、素っ裸の婚約者が座り込んでいた。
「うわ…、たいして筋肉もない」
ここまで丁寧に接していたが、ついポロッと本音が零れてしまった。
婚約者は、カーッと顔を赤くして、慌てて服をかき集めた。
大事なところをなんとか隠した婚約者は、キッと私を睨んできた。
「いい度胸ですね、私を睨むなんて。もう一回豚になりますか?」
「……………れる」
「はい?はっきり物を言わない人は嫌いです。まだ豚なんですか?」
「……彼女とは、別れる」
「あら、そうなんですか?その辺はどうでもいいですけど、私の評判を落とすようなことは、全て容赦しません」
「……」
「返事は?この愚図」
「……はい」
怒気のこもった声に、私は笑いそうになるのを抑えた。
気概があるところは気に入っているのよね、方向が間違っているんだけれど。
私はもう一度、指を鳴らして、再度わからせることにした。
婚約者は、また豚に戻った。
この古代魔術は半永久的に効力を発揮するそうだ。
私の指一つで、すぐに豚になれる。
つまり、私の機嫌次第で、この豚もどきをどうにでもできるということだ。
これで少しはこれまで苛つきを解消できそうだ。
「あなたのことは、いつでも豚にできます。この意味、わかりますね?」
豚は鳴くことなく、無い首を縦に振ろうと一生懸命動かした。
仕方がないので、指を鳴らして人間に戻した。
古代魔術とは、強力だ。
強力すぎて、廃止させようとした歴史があるのも頷ける。
なんとか私を見上げている婚約者の太ももを、再度踏みつけた。
グリっと思い切り、ヒールを食い込ませた。
「次はありません。いいですね?」
私の冷たい声に、婚約者は頷くことしかできなかったのだった。
……まったく、疲れました。
無害なら、婿にしてやってもいい。
逆らうのは論外だが、言うことを聞くなら自由くらいは差し上げるというのに。
多少頭が使えると小賢しくて面倒だからと、馬鹿を選んだら、馬鹿は馬鹿で躾が必要だったみたい。
手を煩わせる人間は嫌いよ。
ああ、あれはもう豚か。
馬鹿は馬鹿なりに、私に頭を下げて生きてよね。ねえ、豚さん?
了
後日談:婚約者殿は、見事にヒールで踏まれたいという性癖に目覚めてしまったとさ。
ついでに、罵倒も気持ちよかったとか。
それでまた苦労させられることになるとは、主人公は露知らず…。
お読みくださりありがとうございました!!
234日目。




