第八話 夕子
目が覚めた。
みんなが僕の顔を心配そうにのぞき込んでいた。その中には、夕子の姿もあった。と、いうことは、夢じゃないってことか。
「タケル君、知ってる? 座敷わらしって」
知っている。座敷わらし。昔話に出てくる妖怪。座敷わらしが住む家には、繁栄がもたらされるという。
「夕子は座敷童なの。正確に言うと、座敷童みたいな人なの」
「またまた、そんなこと。今時、誰が信じるの」僕は笑って答えた。冗談に決まっている。
「今は、山口家に住んでいるんだ」
水野さんがそう言うと、
「ごめんなさいね。山口一族ばっかり繁栄しちゃって」
サユリが、そう言いながら、水野さんの狭い部屋をしげしげと眺めて見せた。二人とも笑っている。お互い了解済みのギャグというところだろう。そう言えば、サユリの家は、とんでもない大金持ちだと聞いたことがあった。
「でも」
僕は言った。
「そんなに簡単に受け入れられないよ。座敷童だなんて。水野さんは大人だろ。そんな話信じてるの? いや。そうか。みんなで僕のことをからかってるんだ」
「まあ、それが普通の反応だな。わかるよ」
水野さんが言った。続いてマモルが話を始めた。
「簡単に信じないとは思ってたよ。だから、わざわざ、夕子にテレポーテーションさせたんだ。あれを見せると大抵の人間は信じるからな。まあ、そのうちわかるよ。ここは東京とは違うんだ」
水野さんも、サユリもマモルも普通に笑っていた。さっきまで仏頂面をしていた、座敷童こと夕子も今は笑っている。その笑顔の中には、僕をからかったり、騙そうとしたり、と言う空気は一切感じられなかった。
「ここは東京とは違うんだ」
マモルの言葉には妙な説得力があった。
呆然としている僕の横で、水野さんの説得が始まった。
「夕子。気持ちはわかるけど、勝手に持ってきちゃだめだ。今なら、まだ騒ぎも大きくない。今夜、遺跡に誰もいなくなったら返そう。簡単だろ。テレポーテーションで、ささっと」
もちろん、水野さんが言っているのは、夕子が持ってきたという土偶のことだ。確かに、本当にテレポーテーションできるとなれば、部屋の鍵など意味を成さないに違いない。僕は、ちょっとだけ父さんがかわいそうになった。
「もともと、これは私のものなのよ。長老が私のために作ってくれたんだから」
「ちょっと、いいかな。」
おずおずと、僕が口を挟む。どうしても質問せずにはいられなかった。
「長老が君のために作ったって、それ、何年前の話なの?」
「昔すぎてわからないわ。でも、一万年くらいかしら」
頭がクラクラする。い、一万年て。
「まあ、縄文時代ってことだよな」マモルが言った。え、マモルは、納得してるわけ?
「夕子さん、君、いくつなの」
「まさか、一万年生きてるとか、思ってないわよね。見かけよりは、歳はとっているけど、一万歳はないわよ。多分、百歳か、二百歳ね。面倒くさいから、だいぶ前に数えるのやめたの」
「でも、それじゃ、計算が合わないような気がするんだけど」
「タケル。おいおい話していこうと思ってたんだけどな。もう一つ、ショッキングな事実があるんだ」
マモルが丁寧に言葉を選んで話をしているのがわかる。なるべく僕の頭がパニックを起こさないように気を使っているのだ。
「冷静に聞いてくれ。夕子はな、時々、時間を飛び越えちゃってるんだ。まあ、簡単に言うと、タイムトラベルみたいなことをやってる」
やっぱり。
心のどこかで、そうなのでは無いかと思っていた。テレポートができて、時間旅行ができる座敷童のような人。
それが、夕子。
さっきマモルが言った言葉、「ここは東京とは違うんだ」が、心の中に蘇る。確かに、東京とは違いすぎる。長野って、そんなに遠い世界だったのか。
「タケルの気持ちはわかるが、今は時間がない。話をもとに戻そう。今夜、ビーナスは元の場所に戻す。いいね。」
「いやよ」
「じゃあ、こうしよう。あくまでもビーナスは、夕子のものだ。でも、とりあえず、人間に貸してくれないか。また、必要になったら、いつでも、テレポートして持ってくればいい。でも、今はまずいんだよ。なあ、タケル」
「はい。父が、ビーナスの管理責任者なんで、なくなると困るんです。できれば、元の場所に戻していただけたらと・・・・」
「いやよ。めんどくさいもの。返すのならあなたが返せば。これ、持っていっていいから」
そう言うと、ヒュッと風を切る音と、ビーナスを残して、夕子は消えてしまった。
僕が返す?
しかし、僕がこれを持って帰ったら、大変な騒ぎになるだろう。おそらく、父さんは責任をとって今の仕事を辞めることになる。せっかく始まった長野での生活も終わりだ。僕たち一家は、東京へ戻ることになるだろう。
「いや。それはまずい。これは、こっそり元に戻しておかなくちゃ。」
おそらく僕と同じことを考えていたマモルが言った。
「それなら僕に任せてくれ」水野さんが言った。
「いや、それはやめた方がいい。行くなら俺がいく。万が一捕まっても、子供の俺なら、うまく行けば、『かわいい』、いたずらで方がつく。」
「それじゃあ、僕も一緒に行くよ。」僕が言った。
「いや。それは、やっぱりまずいだろう」
マモルが、僕を守ろうとしてそう言ったのがわかる。
「マモル。研究所の構造は僕にしかわからない。どの部屋に戻せばいいか、お前、わからないだろう。それに」
「それに?」
「僕の方がかわいい」




