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第四話 長野へ

 母さんの運転する車の中で、僕はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。気が付くと、窓の外には見たことのない風景が広がっていた。前方の信号の向こうに、レンガ造りの洋風の建物が見えた。

「あれ、何?」母さんに聞いてみた。

「あの、古い建物のこと?。市役所らしいわよ」

市役所? 僕には明治時代の郵便局にしか見えなかった。もっとも、明治時代の郵便局がどんなものか具体的な知識があるわけでもなかった。

 市役所の横を通り過ぎると、だんだん人通りがまばらになってきた。やがて道は、緩やかな上り坂になり、さらに進むと、くねくねとカーブが続く山道となった。こんなところに家があるのか。少し不安になったところで、母さんは車を止めた。

 周囲には段々畑が広がっている。これ以上ないというほどののどかな風景は、睡魔となって再び僕を襲った。

 でも、引っ越しはどうしても今日中に終わらせなくてはならない。父も母も休憩を取ることもなく、作業を開始した。もちろん、僕も、弟も休んでいる暇などなかった。

 西の空がオレンジ色に染まり、少し肌寒さを感じ始めたころ、なんとか荷物の運び込みが終わった。僕も弟もへとへとだったが、新しい生活への興奮がそれを凌駕していた。

 やがて、父さんが言った。

「よし。今日はもういいだろう。続きは明日だ。なんとか、寝る場所は確保できたしね」

「やったあ」

弟が無邪気に叫ぶ。その横で、母さんが疲れた笑顔を見せていた。僕も疲れていた。でも、心の中は、ぐるぐると動きまわる液体のようなものでいっぱいだった。今までに感じたことのない高揚感。何か、新しいことが始まる予感。つまり、わくわくが止まらないのだ。

「それじゃあ、ご褒美にいいものを見せよう。」

父さんは、そう言って、僕らを軽自動車に乗せた。坂道をくだり、市街地を抜け、十分ほど走ると、目の前に湖が現れた。

「どうだい」

湖畔に車を止め、自慢そうに父が言う。父さんが自慢したい気持ちがわかる。僕も、母さんも、弟も、その美しさに息をのまずにはいられなかった。

「きれいな所ね」

しばらくして、ようやく母さんが口を開いた。

「すごいね」

僕が口にできたのはそれが精いっぱいだった。いつもなら、ただひたすらにはしゃぐ弟は、とうとう最後まで、何も言わなかった。

 こうして、僕らの新しい生活が始まった。

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