第二十話 秘密
「そう言えば、夕子は、いなくなる少し前から、なんとなく変だったわ」
水野さんがいなくなってから、数日経っていた。マモルは相変わらず、いつもの元気から比べるとマイナス二十パーセントのような状態だったが、少しずつしゃべるようになっていた。
「変って、どんな感じ」僕が聞くとサユリが答えた。
「月を見てため息ついたり」
「そんな、かぐや姫じゃないんだから」
マモルを元気づけたくて、少しおどけた声を出してみた。横で、マモルが少しだけ笑った。
「やっぱり、双子のビーナスが発見されたあたりから、おかしくなったような気がするわ」
僕は相変わらず、時々一人で秘密基地に行った。
特に目的は無かったのだが、夕子の残していった白い椅子に座って、そこから街を眺めた。
そこには、いつもと同じ風景が広がっていた。ここに座って、夕子は何を考えていたのだろうか。夕子にとって、ここから見える景色の、何が重要だったのだろうか。考えても、やはり何もわからなかった。
突然、丘の下の方から僕に向かって、強い風が吹き上げてきた。思わず、目を閉じる。そのとき、唐突に僕の頭の中にあることが閃いた。
もしかしたら、夕子は、ここから別の景色を見ていたんじゃないのか。
座敷童の魔法は、夕子に別の景色を見せていたのではないだろうか。
次の日。僕ら三人は久しぶりに、秘密基地に集まった。あることを確かめたくて僕がマモルとサユリを呼んだのだ。
「ずっと考えてたんだ」僕は椅子に座りながら言った。
「夕子は、ここで何を見ていたんだろうって。椅子を置いてまで見る必要があるのはなんだろうって」
「つまり、夕子は魔法を使って何かをしていたんじゃないかと、タケルは考えているわけか」
「その通り」
「でも、そんなの確かめようがないわよ。」サユリが言った。
「そうでもないさ。俺たちにも使える、ささやかな魔法があるだろう?」
僕は、自分のポケットから、ドングリを出した。続いて、サユリが、そしてマモルが手のひらに乗せたドングリを見せた。この日、僕は、二人にもドングリを持ってくるように頼んでいたのだ。
3つのドングリを手にして、僕は白い椅子に座った。
急に、丘の下の方から強い風が吹き上げてきた。思わず目をつぶる。そして、ゆっくりと目を開いて見た。
何も変わらない。いつもと同じ風景がそこにあった。でも、ここまでは想定していた通りだ。こんなときに必要な呪文を僕らは知っている。
もう一度目を閉じる。そして、呼吸を整えた。
「ひらけ」
そうつぶやいてから、ゆっくりと目を開けた。
「おおおおおお」
叫ばずにはいられなかった。風景は一変していた。今まで僕がいた世界は唐突に、全く別のものに変わっていた。
遠くに、高い塔が見える。真ん中には広場があり、多くの人々が、それぞれに歩き、しゃべり、あるいは走っている。誰もが、見慣れない服装をしている。
これは、夕子のいた世界か。
一万年前、と言うよりは、近未来の世界を想像させる風景だった。
左右を見ると、そこにいるはずのマモルもサユリもいなくなっていた。僕は別の世界に飛ばされてしまったのか。それとも、僕は今でも、丘の上の秘密基地にいて、映画を見るように別の風景を見ているのか。わからない。背中に冷たい汗が流れた。
それでも、しばらく、風景を見ていると、徐々に冷静さを取り戻していった。
真ん中に見える広場には、直径五メートルほどのサークルがあった。あれは、どこかで見たことがある。そうだ。遺跡のストーンサークルだ。しばらくそれを見ていると、ストーンサークルから、青い光の柱が立ち上がるのが見えた。
あの日。
お化け大会の日に見た風景と同じだった。その光の柱の中に、二人の男女が笑いながら入っていくのが見えた。次の瞬間、光の柱は、瞬きをするように明るさを増し、二秒ほどその状態が続いた後で、元の状態に戻って行った。そこにいるはずの男女の姿は消えていた。いや、かき消えていた。
これは、夕子がやっていた瞬間移動の一種だろうか。いや。それよりも、もっと大掛かりな、時間さえも飛び越える装置のように僕には見えた。
あの日。
お化け大会のあの日。夕子は、遺跡で発掘されたあのストーンサークルの形をした装置を使おうとしたのではないだろうか。多分、あの装置を使って、元の世界に帰ろうとしたのか、あるいは、さらに未来へ飛ぼうとしたのだ。
そして。
そして、それは失敗した。数百年間、土の中に埋もれていたストーンサークルは何らかのトラブルを起こした。その結果、夕子は気を失って、ストーンサークルの傍に倒れているのを僕らが発見し、連れ帰ることになった。
水野さんは。
何かのきっかけで、夕子がトラブルに巻き込まれていることを知ったのだ。そして、自分なら、彼女を助けられるんじゃないかと思ったに違いない。
考えたら行動する。行動せずにはいられない。水野さんという人はそういう人だ。




