第十八話 水野
「水野さんが消えた」
朝の教室にそう言いながら、マモルが飛び込んできた。教室には、僕とマモル以外に誰もまだ来ていなかった。
早朝、誰もいない教室が僕は好きだ。なぜか、と言われると困るのだが、窓から差す新しい朝の光も、静けさの中に時々どこかから聞こえる、コトンという音も、真新しい図書館のような本の匂いも好きだ。とにかく僕は、朝はなるべく早くに登校して、その静けさを楽しむことを毎日の日課にしていた。
「じじむさい趣味だな」
マモルはいつもそう言って笑った。マモルはいつも遅刻ギリギリに教室に駆け込むのを、一種の趣味にしていた。奴には、朝の学校の中に宿る、侘び寂びの世界は一生わかるまいと思っていた。
そんなマモルが、今日は、早朝の教室に駆け込んできた。
「水野さんが消えた」マモルが同じことを二度言った。よほど混乱しているに違いない。
「わかった。わかったから落ち着け。落ち着いてから話せ」
水野さんが消えた。マモルがそれを知ったのは、今朝のことだった。
「今朝、たまたま、水野さんの家に行ったんだ。そしたら、こんなものが卓袱台の上に置いてあった。」
それは、一枚の原稿用紙だった。見覚えがある。うっすらとした緑色のラインが引いてある、水野さんがいつも使っているものだ。そこに、ほんの数行の文字が書かれていた。その文字にも見覚えがあった。間違いなく、水野さんの筆跡だ。
『しばらく、家を出ることにした。急いで調べなくてはならないことができたんだ。もしかしたら、夕子の行方もわかるかもしれない。とにかく、また、戻るから心配するな。』
そしてその数行離れたところに、
『俺がいなくなっても、お化け捜査官としての使命は忘れるなよ』
そう書いてあった。僕は、少しおかしくなって笑ってしまった。最後の一言のおかげで、緊迫した空気が一気に和やかになっている。この一行に、大人としての水野さんの偉大さを感じることができた。いつもはマモルと一緒にふざけていても、やっぱり、どこかで子供に心配させたくない、と言う思いやりの気持ちがあるのだ。
「どうしよう」
しかし、マモルはパニックを起こしていた。マモルは僕よりも水野さんとの付き合いが古い。古いだけでなく深い。そのマモルが、この文章の中に、何かいつもと違うものを感じているらしい。
「とにかく、落ち着けよ。大丈夫だ。心配するなって書いてあるだろう」
「だから心配なんだよ。これまでも、時々留守にすることはあった。でも、こんな手紙を残すことはなかったんだよ。心配するなってことは、多分、何か危険なことに巻き込まれてるってことだ」
マモルのパニックはしばらくおさまることがなかった。他のクラスメートが教室に入ってくると、いつもと違うマモルの雰囲気を見て、怪訝な顔をした。
「とにかく、落ち着け。そろそろ、みんな来るから」




