第十七話 ドングリ
「これ、覚えてる?」
サユリの手の中には、3つのドングリがあった。ドングリは大き過ぎて、今にも、サユリの手からこぼれ落ちそうだった。
「もちろん。夕子の魔法だろ。鍵を開けるやつ」
夕子が持って来てしまった、双子のビーナスを元の場所に返すために、僕らは扉やロッカーの鍵を開ける必要があった。その時に、大いに役に立ったのがこのドングリだ。これを持って、「開け」とつぶやくだけで、大抵の鍵は開いた。
「そういえば、前に、マモルが夢がどうのって話をしてたけど」
「それな」
ちょっと恥ずかしそうに、マモルが鼻を掻いた。
「空が飛べないかなって思ったんだ。つまり、これを持って、「飛べ」って言ったらどうなるのかなとかなんとかね」
それについては、僕も考えたことがあった。「開く」ができるなら、他の動詞も試したい。そう思っていたことは本当だ。例えば、人形に向かって「動け」と言ったら、動いたりするのだろうか。
「それは多分無理ね」サユリが、マモルを慰めるようにゆったりとした声でそういった。
ドングリについては、夕子はサユリにいくつかの注意事項を与えていた。まず、とても軽い物ならば、動くらしい。例えば、羽とかピンポン球とかに向かって、
「飛べ」
と、言えば飛ぶそうだ。
「でもね」
夕子が言うには、ドングリ3つに命令できる動詞は、三文字だけなのだそうだ。つまり、
「飛べ」と言ったら、どこかへ飛んで行ってしまうだけ。
「飛んで、一周グラウンドを回って戻ってこい」
と言うような複雑な命令は受け付けられない。
「まあ、俺もそんなことだろうな、とは、思っていたよ」
ちょっと残念そうに、マモルが言った。
僕の気持ちもマモルとほぼ同じだった。でも、一方で、もしかしたら、何か使い道はあるかもしれないと、考えていた。
「それでね。お願いがあるんだけど」
しばしの沈黙の後で、サユリが言った。
「これ、誰か預かってくれないかしら。私、これ持ってるの怖いのよ。だって、そう思わない、これだけで、全ての扉が開くのよ。悪い人に取られたらって思うと背筋が寒くなるわ」
確かに。これはちょっと怖いかもしれない。自分としても、あまり預かりたくない。こんなものを持ってしまったら、心のどこかに常に心配ごとを抱えたような気分になるだろう。かといって、捨ててしまうわけにもいかない。もともとは夕子の物だし、夕子が戻って来たときに必要になるかもしれない。
「じゃあさ、ドングリは俺たち三人で一個ずつ持つことにしないか」
マモルが言った。
「そうすれば、俺たちが三人揃わないと、魔法は使えないわけだ。もしも、タケルが悪いことに使おうとしたら、俺が全力で止めてやるよ」
「なるほど。いい考えだ。もしも、マモルが悪事に染まるようなことがあれば、俺が許さない」
「私も賛成!」
こうして、僕ら三人は、一つずつ、ドングリを持つことになった。不思議なことに、一つだけドングリを持っている状態では、何の魔法も使うことはできない。三人が集まった時だけ、ささやかな魔法が使える。ささやかには違いない。でも、このことは、僕らの中に不思議な連帯感を作り出していた。




