第十五話 椅子
お盆が過ぎたあたりから、朝晩は少し冷え込むようになった。九月になると日中でも、時折涼しい風が吹くようになった。季節の変わり目の中に、僕は東京との違いを感じていた。
水野さんの家の裏は、急な斜面になっていて、野薔薇のようなトゲのある植物が茂っていた。一見すると道もなく、入り込む余地などないように見えたが、僕とマモルとサユリは時々、その中を這いずり回って遊んでいた。入ってみると、そこには獣だけが知っている通路のようなものがあり、山の上の方にまで通じていた。
ある日。いつものように迷路のようなその道で遊んでいた僕らは、明るい広場が、道の先にあることを発見した。テニスコート一枚分くらいの場所に、木はなく、下草だけが生えていた。そこだけは斜面ではなく、なだらかな丘のようになっており、少しだけ、人工的な気配があった。
北と東、そして西側は高い木に遮られていたが、南側だけは、景色を遮る樹々はなく、市街を見渡すことができた。遠くに川が流れており、それにそって鉄道が走っているのが見えた。さらにその向こうには湖が広がっていた。
そして、ちょうど町を見下ろすことのできるその場所に、小さな白い椅子がちょこんと置かれていた。誰かが街を眺めるために椅子を置いたのだ、そうとしか考えられなかった。
「これ、多分夕子の椅子よ」サユリが言った。
「なんでわかるんだ?」振り返りながらマモルが聞き返した。
「以前、夕子が言っていたことがあるの、街を眺めるいい場所を見つけたって。それに、夕子はこれと同じ椅子をもう一つ持っていた」
夕子が消えてから、いつの間にか二ヶ月以上経ってしまった。もしかしたら、もう夕子は帰って来ないかもしれない。最近は、僕らの間に、そんな空気が流れることがあった。
そこからの景色は僕らの心を完全に捉えた。
周囲は樹々で完全に閉ざされており、この広場に辿り着くことができるのは、今の所、僕らだけだ。
「秘密基地一号だな」
しばらく景色に見とれた後で、マモルは言った。
「一号ということは、二号もあるのか」
「いや、今は無いけど、やがて見つけるさ」
「ここ、何かの建物の跡よね」
サユリが言った。確かに、自然にできたにしては、平面すぎるような気がした。しかし、道もないこんな場所に建物を建てるだろうか。
「帰ったら、水野さんに聞いてみよう」
「山の上に平地? 知らないなあ。聞いたこともないけど」
期待に反して、平地に着いては、水野さんも何も知らなかった。でも、それは逆に好都合でもあった。
あの場所は、僕ら、おばけ捜査官と夕子だけの場所だ。




