一章 鮮輝《せんき》宿りし瞳《め》
着いた早々、見上げた空は虹色だった。
己の腕に抱えられるものは限られている。それをわかっているからこそ、男はここまでやって来た。
――どんな犠牲も厭わない。
一途な決意は、決して折れないだろう。
男は気だるげに周囲を眺望した。
切り立った岸壁の上より眺める地表は真白い。彼自身が吐き出す息も寒さに白く濁る。
男が暮らしていた、姫巫の脅威に怯える国とは正反対の色合いを持つ高天原国。
この国はあたたかい。自然がまだ息をしている。
見渡す限りに広がる森林と天とが、遥か彼方にて一本の線を引き、境目を作っている。その境には陽炎が燻っている。
(共存しているのだ)
男は祖国を出奔する際に幼子より貰った勾玉をきつく握りしめ、瞑目した。
彼が薄く目を開くと同時に、小さく砂を擦る音がする。男は威厳ある態度で振り返る。
そこにいる者たちは皆一様に傅き、男の言葉を待ち構えていた。
その様があまりに形式的過ぎて滑稽に思い、彼は皮肉げな笑みを洩らした。
「カガミ様、命を」
急かす声がかかる。
カガミは心底退屈だとでも言いたげに肩を回すと、佇まいを正した。総勢九人の部下たちに一人一人、目を配る。
ここに到るまでに、失った部下は五十を下らない。
カガミは忌まわしき蜘蛛の廻廊での出来事を思い出して親指の爪を強く噛んだ。
彼は外套を打ち棄て声を張った。
「――――蜘蛛の廻廊を潜り抜けてここまで辿り着いた勇猛果敢な兵どもよ。高天原国へ潜伏して内情を掌握せよ。時期が来た時、俺が帰国の狼煙を上げる。……受けし恥辱を、忘れるな。我らは高天原国に滅されし、黄昏国の民。今代の力なき姫巫など恐るるに足らず。姫巫という名の邪神に守られたこの国、内側から打ち砕くのだ」
カガミの言葉に、皆は腹の底から返事をした。