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五.

 炎に巻かれた高天原国の宮殿は、ついに大きな音を立てて崩れ落ちる。一旦、一か所が崩れてしまえば、あとはなし崩しに壊れて行く。

 ムロは、いまだ宮から姿を見せないカガミを、今か今かと南門で待っていた。しかし、逃げ出してくるのは高天原国軍や官ばかりで、その中にカガミの姿はない。

 まずいと思ったムロは、頭から水を被る。

 都に住む者たちの大半は、蜘蛛の廻廊より地下へおろした。

 神をなくしたこの国は終わるのだ。

 国の滅びる音がすれば、嘘だとのたまう者も信じて蜘蛛の廻廊へ来てくれるだろう。ムロは、他の廻廊に待機中の者たちの采配を信じて、指揮官をルイに託して、単身王宮へ飛び込んだ。

 火の海は深い。

 神力の大きさを物語るように、燃え盛る炎は高く渦を巻く。きっと、カガミは台王のいる寝所付近にいるだろうと当たりをつけたムロは、懸命に記憶の糸を辿り、焼ける宮中を奔走した。

 ようやく、寝所らしき部分に足を踏み入れる。謁見の間ほど焼けてはおらず、まだ抜け出そうと思えばすぐにでも逃げられそうだった。

 寝所の奥間に来たムロは、ぐるりと目を見張った。

 まず、クルヌイの最期が目に入った。その死に顔は、すべてを悟った安らかさを感じさせた。ムロは自分が武官長になった時、本当に心から喜んでくれた優しき王子の横へ片膝をつき、黙祷を捧げた。台王の遺体もあるかと思って近くに目を配るが、彼の遺体は見つけられなかった。

 ふと、ムロは奥間の飾り棚の横に、不自然な観音扉を見つけた。彼はその扉を用心深く、ゆっくりと開ける。

 罠が仕掛けられていないか、まず懐刀を部屋へ投げ入れてみる。反応はない。扉に身を寄せたまま、覗き込んだ。ムロの目に飛びん込んで来たのは、無惨に裂かれた御簾がかかった上座だった。真っ暗な室の四隅には燈台が儚い灯を揺らしている。

 上座のわきに、黒髪の青年がムロの方を向いて息絶えているのが見えた。愕然として、ムロは室内へ滑り込む。

 黒髪の青年は、ぼろぼろになって死んでいる。ムロは思わず呼吸を忘れた。彼の名を、ムロはよく知っていた。

 ヤサカニだ。

 カガミの腹心だった彼は、高天原国軍の防具を身につけ、死んでいる。彼は、最後までヤナギを守ろうと奮戦したのだ、とムロは苦い気持ちを抱いた。

 ムロの足許に何か転がっている。それに目をやると、台王だった。彼は白目を向いて死んでいた。汚らしいものに触れたように、ムロは鼻に皺を寄せるとそれを足で無造作に横へやる。

 そして、ムロは上座の中央部で多量の血を流すヤナギを掻き抱いているカガミの前に腰を下ろした。敢えて、ヤナギの死に顔を見ることは避けた。泣きそうな思いを懸命に耐える。

 カガミは声も立てず、泣いていた。

 初めて見たカガミの涙に、ムロは衝撃を覚える。

「……カガミ、ここはもうじき陥落する。脱出するぞ」

「ムロ……。俺には、わからない。涙の、止め方が」

 ムロは無言でカガミの左脇に腕を入れて引き上げた。

「俺は、楊との約束を破ってしまったな」

 そうカガミは呟く。

 この世で一番幸せな姫に――。

 ムロはせめて、自分だけでも泣かないよう、まっすぐ前を見据えた。



 ヤナギの遺体を運び出したいと懇願するカガミを何とか諌め、ムロはカガミを連れて宮を脱して都を駆ける。

 ムロとて、ヤナギの遺体をあの宮から出してやりたかった。だが、ヤナギを背負って火の手を掻い潜ることができる力はカガミもムロも持っていない。地祗の力を揮ったことで、カガミとムロの体力と精神力は限界に近かった。

 ムロがカガミを見つけた時、地祗はカガミの中から出て行ったあとだった。

 神は気まぐれだ。ムロは何度も地祗を呼んだが、反応は返ってこない。あとは自分たちの力でどうにかしろということなのだろう。

 途中、逃げ惑う人々を誘導する兵たちがカガミの姿をとらえて笑顔を向けたが、カガミは無言でムロの後に続く。

 高天原国の兵も人々も、カガミたちと一緒に逃げていた。

 ようやく渓谷を抜けて山一つ抜けた先にある蜘蛛の廻廊に着いた瞬間、地鳴りがした。

 大きな水の音が彼方より近づいてくる。

 姫巫という傀儡を手放し、海若はようやく高天原国を解放するのだろう。まるで桃源郷のような、この国を。

 しんがりを務めたムロとカガミは、見納めだと思って高天原国を振り返る。

 国全土に広がる夜明けは、目映いほどに美しかった。

 山々の連なりとその合間から射しこむ陽炎。虹色に輝く空。崩壊する直前の、危うい美しさが目に焼きつく。

 カガミは、圧巻の眺めに見入っていたが、やがて口を開いた。

「必ず、この一国を奪ったに足る国を建国してみせる」

 固く彼は決意を表した。

 それにしても、とムロは頭の後ろで手を組んだ。

「兄弟揃って神の呪を受けることになろうとはな」

とムロは溜め息混じりに口にした。

 カガミは、それもいい、と笑った。




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