六章 宿悪
宿縁が二人を結んでいる。
ヤサカニは悲運を背負う彼らを想った。
『ヤサカニ』
屈託なく自分の名を呼ぶ二人。
嬉々としてぶつかろうとしているわけではない。
このまま、均衡状態を保ってくれればいいのに、と彼らしくもないことを考えてしまった。
わかっている。
かりそめの平和は、かえって傷口を膿むのだ。
それならばいっそ、一思いに刺してしまった方がいいのかもしれない。
…………だが。
ヤサカニは迷っていた。
ヤナギは言った。
カガミのもとへ帰りなさい、と。
彼女は真名の縛りさえも解いた。ヤナギはヤサカニがカガミたちがいる黄昏国を案じていることに気づいていたのだ。
聡い娘だ、とヤサカニは内心舌を巻かずにはいられなかった。
全てを無に返すことが出来る姫巫が、わざわざ後押ししてくれているのだ。
高天原国内部の機密情報もたくさん掴んだ。それを手土産にして母国へ帰ることは可能だ。いや、むしろ歓迎されるだろう。
『俺がいなければ、誰がヤナギ様をお守りするのですか』
ぽつりと洩れた本音に、儚げに微笑んだヤナギの表情がヤサカニの後ろ髪を引く。
彼女は何も答えなかった。
悪はどちらだ、と問う。
わからない、と答える。
善悪では計れない戦の重み。
昔のヤサカニだったら、即答しただろう。
悪いのは全て、黄昏国を――他国を屠った姫巫だ、と。
はたしてそうなのか。
今や、もうそれさえ答えられない。