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四章 知幾其神乎
微睡みの中、男は彷徨っていた。
自分が自分である意味を必死に探していた。
――――心などなくなってしまえばいいものを。
半ば投げ遣りに、彼はそう吐いた。
答える声はない。
それはそうだろう。この夢の中には彼しかいないのだから。
『ハルセ』
『第一王子』
『救いの王子』
『〝神の腕〟』
己を呼ぶどの声も胸に響かない。言霊は耳を滑り、希薄な空気にしかならない。
真に自分を必要としている者など、最初からどこにもいないのだと改めて感じる。
いや、正確に云うならば、かつてはいた。
〝ハルセ〟という人間を必要だと、慕ってくれていた者が。
『兄上』
今だ脳裏に焼きついている幼い舌足らずなその声を思い出す度、胸の芯がじんとする。
火傷にも似たその熱さは、おさまることを知らずに心を侵蝕していく。
もう、戻ることはない日々。取り戻せない過去の幸せ。
これでいいのだ、と男は自嘲的に笑った。
心の片隅にぞんざいに放った記憶は化膿し、生々しい痛みを彼に刻み続ける。
――――たすけて。
伸ばされた小さな手を、掴む手はなかった。