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三.

「そなたたちに、我が息子の近衛兵となることを命じる」

 台王だいおおきみの言葉にカガミとヤサカニは頭を下げた。

 謁見の間にて、台王の声が響いた。

 ムロは物言いたげに腕を組んだ。

 各重要階級に位置する者たち総出の寄り合い。皆は袖を口元に寄せ、隣同士で囁き合う。

 現職の王子近衛兵のうちの二人を台王は扇で指し、「こやつらは今日までで役から外す」と言い放つ。彼らは寝耳に水な話に飛び上がって仰天した。

 カガミとヤサカニは頭を下げたまま沈黙を守り、粛々と場をしのいだ。

 王子の近衛兵に他国の者が就くなど、前代未聞だった。しかも、西門兵から近衛兵が選抜されること自体、異常だった。

 通常であれば東門兵、もしくは南門兵が命じられる。

 西門兵は台王の膝元にいない兵――つまりは大事にされていない兵である。

 西門には忌み部屋――拷問部屋――があり、皆近づくことを嫌っている。そんな部屋の少し先に西門兵たちの寝所はある。武官の中には忌み部屋から漂う腐敗臭で不眠におちいる者もいた。

 東門や南門は台王の執務室に近く、日当たりもいい。西門にある簡素な鍛錬場とは違い、東門や南門にあるものは綺麗に整備されている。

 そこには台王に気に入られた武官や出自の良い武官が置かれている。他国籍の一般兵たちは西門へ振り分けられ、実力があったとしても東門止まり。台王や王子の近衛兵という役職は与えられないのが今までの習わしであった。

 また、東門兵や南門兵には武官長の役職と同じ意味を持つ、司官長という役職が置かれている。

 ムロが武官長をしているといっても、それは西門兵の長という意味であり、全ての兵を動かす権限は与えられていない。例外的に戦の時のみ、ムロが軍を動かす権限をもらっていた。

 かたや司官長は戦へおもむいたことがない。彼ら東門司官長、南門司官長は〝武官長〟ではない。ただのお飾り役職だ。

 そのため、台王や武官たち以外は武官長が軍の最高司令官であると思い違いをしていることもある。

 ムロは此度の人事を良しと思わなかった。たしかに、台王が任を解いた者たちは、任に対して怠惰な面もあったかもしれない。

 しかし長い間、王子に牙を向くことなく従順に仕えていたのだ。

 ――カガミたちを台王や王子に近づけてはいけない。

 そうムロは常より思っていた。彼らに重きを置けば、必ずあとあと痛い目を見るのは必定だ。

 二人の雰囲気は、三年前より変化がない。この国に馴染まない異国の雰囲気。

 人は何かをやり遂げようとしている時、決して他の色に染まらないものだ。それほどの意志を彼らは持っている。

 ムロはこの人事を決定する前の寄り合いで、猛抗議したが、台王はさらりとそれをかわした。

 ムロは奥歯を強く噛んだ。

「よろしく頼む」

 クルヌイはわざわざ立ち上がり、カガミたちの前に進み出て、ひどく嬉しそうに顔を綻ばせて声をかけた。

 二人は王子の言葉に笑む。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」

 そう言って礼をしたカガミにならって、ヤサカニも礼をする。

 この場にいた他の近衛兵も戸惑いながらも二人に祝いの言を述べる。

 カガミたちはそのどれもに礼を返した。

 王子の近衛兵は総勢十名。

 どの者も〝王子の護衛〟を名乗るに相応しい力自慢の大柄な男たちばかりだったので、カガミたちはいささか浮いている。

 台王の側近たちや女官、采女たちも口々に喜びの言葉を述べていた。

 謁見の間は異様な熱気に包まれていた。場にいるの者たちの中で二人に声をかけなかったのは、ムロと役職御免となった元近衛兵たちだけだった。

 ひたとカガミたちを睨み据え、自分の席から動かないでいるムロの横へ、顎ひげをたくわえた東門司官長が漆塗りのさかずき片手に腰を下ろした。

「武官長殿、何を憮然としておる。台王と王子の御前であるぞ。それ、酒を呑まんか」

 ムロが手をつけていなかった盆に置かれていた杯に、司官長はとくとくと酒を注ぎ足した。

 それはあふれて盆の上に零れた。

 ムロは何も言わずに席を立った。

「おうおう、せっかく酒を注いでやったというのに。これだから黄昏国の者は好かんのだ」

 司官長の厭味は耳に入りもしなかった。

 ムロは執務室を横切り、庭に出た。庭師がよく整えた庭の砂利の模様は、渓谷の景色をしている。

 気が急いた。自分が戻らなければ、西門兵たちは鍛錬をさぼるだろう。

「王子に媚売りよって。地下の汚らわしい国出身の分際で」

 忌み部屋の前まで来た時、不穏な声が聞こえた。

 ムロは思わず忌み部屋の影に身を隠した。

「口をつつしめ。もはや、貴様はただの一般武官でしかない」

 迷いない言い様。

 ムロはその声の主をよく知っている。

(ヤサカニ……?)

 まだ謁見の間では宴が行なわれているはずだ。騒ぎに乗じて室を抜け出したのだろう。

 そっと声のする方を覗き見た。

 すると、ヤサカニだけでなく、そこにはカガミの姿もあった。

 彼らの前に立ち塞がっているのは飲んだくれの爺だった。宮内でも随分古参者である彼は、皆から煙たがれていた。その爺はつい先程、王子の近衛兵の役目を下ろされた。

 大かた腹が立ってカガミたちに罵声を浴びせているのだろう。

 ムロが武官長になった時もそうだった。

 実力も人望も全て劣るにも関わらず、前武官長はムロに食ってかかってきた。散々叩きのめしてやると、彼は恥辱ちじょくに耐えかねたのか谷へ身を投げた。安否はいまだわかっていない。

 人は皆、そうなのだ。自分より格下だと思っていた者から自分の居場所を取られると、その者を激しく非難する。

 爺は、なおわめいている。

「何を……。わしは先代姫巫の血縁ぞ!」

「血縁だから、何を誇ることがある」

 カガミの冷静な問いかけに、更に爺は怒鳴った。

「血統はこの世で一番重要視されなければならんものじゃ! それを、あの台王は……いとも容易くないがしろにしおる」

 爺の目は座っていた。彼は手にしていた酒瓶を口に当て、一気に煽る。

 酒の臭いがムロのもとまで届く。

「――台王の判断は正しいだろう」

 ヤサカニが眉根を寄せて爺ににじみ寄る。

「何だとっ」

 爺は若干腰を引きながらも果敢に食ってかかった。

「このような真昼間より、酒を飲む貴様などに護衛が務まるものか」

 そう言ってヤサカニは素早く爺の酒瓶を取り上げ、爺の腕を後ろへ回した。そして、足払いをし転ばせる。

 地面にうずくまった彼の背中をヤサカニは蹴った。

「くっ」

「どうした。〝地下の汚らわしい国〟の者に負けるなど。貴様は弱いな」

 ぎりぎりとかかとで爺の背中を痛めつけるヤサカニは笑っていたが、目は全く笑っていなかった。

 爺の顔が屈辱と痛みに歪む。ムロの脳裏に前武官長の顔が浮かぶ。

 これ以上は駄目だとムロは瞬間的に判断を下した。ヤサカニと爺の間に躍り出ようとする。

 しかし、ムロの行動は不発に終わった。

 今まで傍観していたカガミが止めに入ったのだ。

 刹那、ムロとカガミの目が交錯した。カガミはムロが立ち聞きしていることに気付いていたのだ。

 カガミはヤサカニの肩を引き、爺を立ち上がらせる。

「よせ、ヤサカニ」

「カガミ様、しかし……この者……」

「いい。言わせておけ。どうせ、吠えることしか出来ないのだから」

 カガミはふっと笑った。底冷えする怜悧な笑み。

「爺、残念だったな。お前が宮を牛耳っていた時代は、終わったんだ。これからは、日蔭より世を見るがいい」

「……」

 ムロは音を立てないように注意しながらその場を立ち去る。回り道にはなるが、中庭を通って、鍛錬場へ行くことにした。

 今はカガミたちと喋る気分ではない。

 カガミたちのやり取りを見て、ムロは自分にもああいった差別があったことを思い出した。

 高天原国は閉鎖的な国だ。自分たち高天原国人以外に心を開く者など、そう多くない。

 台王だってそうだ。

 しかし、カガミたちは最高の礼を以て迎え入れられた。それには何かわけがありそうで、ムロは一抹の不安を覚える。

(あいつらは、〝禍〟だ)

 大巫もそう言っていた。ムロもそう思っている。

 彼らがいることによって、何かが動いている。

 微弱ながら、水面が揺れているような感覚。得体の知れない恐怖が背筋を伝う。

(ムロが止める)

 何かあってからでは遅い。

 ムロはヤナギという光に救われた。だから、絶対にヤナギを守り通すことを決めていた。

『どうしたの?』

『ひっく……』

『あら、あなた、サコと一緒に宮へ来た子じゃない。私はヤナギというの。よろしくね』

『ヤ、ナギ様?』

 命からがら逃げ込んだ高天原国で見た、最初の笑顔。彼女の微笑みは純粋で、ムロの心をほぐした。

 彼女自身は覚えていないだろう、記憶。

 ――いいのだ。

 ヤナギの記憶から自分が消えた理由はサコから聞いている。だからこそ、カガミたちにこれ以上、ヤナギを揺さぶってほしくなかった。


 ムロはようやく当初の目的地である鍛錬場に辿り着いた。

「やはりお前たち、鍛錬をさぼっていたな! これから見回りの任務がない者は、追加で槍突き百回!」

 思い思いに羽を伸ばしている武官たちの姿が目に入った瞬間、ムロの怒声が飛んだ。





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