(3)
「到着! ただいま! コルジエルだ!」
「お、おぉ……お邪魔します……」
サンリの目の前、そして雲の上に、あるはずのないものがあった。雲の上にあるという予備知識はあったものの、まさかここまでのものとは思っていなかったのだ。
宮殿。まさに宮殿である。しかも大きな建物が三つほど並んでいる。どういう理屈なのか、雲を地面に、立派な庭園まである。
「庭で追いかけっこできるぞ!」
「しません」
「そうか! こっちが俺の部屋だ!」
サンリを抱えたまま、コルジは三つの建物のうち、右の建物に滑り込んだ。
「な? 広いから安心だろう?」
「え。もしかして、この建物全部……?」
「うむ! 真ん中の大きいのはおじい様とおじばあ様、左がおとう様とおかあ様のお部屋だ」
「……なんて? おじばあ……?」
「おじばあ様だ」
「??? あとそろそろ降ろしてください」
「うむ!」
聞きなれない名称に疑問を抱きつつも、まずは腕から解放してもらうことにした。背中がまだ生温かい。少し腹が立つ。
「あー、地面落ち着く。……あの、おじばあ様って、性別は……? あ、センシティブな事情なら別に……」
「ん? おじばあ様は両性型だぞ」
「え?」
「婚姻に型は関係ないからな」
「待って待って」
色々知らない事情が出てきた。エンジェリアの生態はエンジェリア以外はほとんど誰も知らないのだ。一部の種族には雌雄両性も存在するが、そういった類だろうか。
「エンジェリアって、性別色々あるんすか?」
「あるというか……ないな! 性別!」
「ないんすか!?」
いつも以上にサンリが興味を持って話しかけてくれているのが嬉しいのか、コルジはえっへんと胸を張る。こういうときこそいっしょうけんめい説明するのだ!
「うむ! 体の形が違うだけだ。そうだな、俺やおじい様、おとう様は男性型、おじばあ様は両性型、おかあ様は女性型だが、無性型もいる。おとう様の両親はどちらも無性型だ」
「え、え??? あの、失礼っすけど、こどもとかって……」
「? 主からの授かりものだろう?」
不思議そうな顔をしているのを見て、サンリはふたつの可能性を考えた。「コウノトリの鳥人が運んでくる」的なアレを信じているのか、本当になにかそういう……エンジェリア的な不思議なアレなのか。
「えっと……」
「そうだ! 折角だからおじい様たちにも紹介しよう! 俺が初めて連れてきた友人だ!」
「ゆ!? え、あの、後輩……」
「さあ行こう!」
疑問の上に友人認定までされていろいろと追い付かないまま、サンリはまた抱えられて移動するのであった。
「いらっしゃい」
「うわすご……あ、お邪魔してます」
「邪魔じゃないぞ! サンリは友人だ!」
中央の建物に入ると、そこにはひとりの老人がいた。コルジと同じように光の環が頭上に輝き、背中には真っ白な翼があるが……
翼の数が違った。こめかみに一対、背中に三対、踝に一対……豪勢に五対、計十枚もの翼があるのだ。本体が小さく感じる。
「サンリ、こちらはおじい様だ! おじい様、こちらがサンリです!」
「サンリ・サンと申します。急に押しかけて申し訳ありません。手土産もなく」
「構わないよ、サンリくん。君は孫が初めて連れてきたお友だちだよ。嬉しいねぇ」
「いや、友だちじゃなくて後輩……」
「サンリはすごく頼りになるんですよ、おじい様! 書類を纏めてトントン揃えるのも上手です! しっぽもよく動く!」
「そうかいそうかい」
にこにこと相好を崩す老人に、何も言えなくなるサンリである。
「あ、おじい様。おじばあ様は?」
「庭の手入れに行っていたが、そろそろ帰ってくる頃だ……ああ、ほら」
老人が顔を向けた先に、絵画のように美しく舞い降りるひとりのエンジェリアがいた。翼は背中の三対。
「おじばあ様! お帰りなさい! こっちは友人のサンリです!」
「コルジエルもお帰り。初めまして、サンリさん」
にっこりと微笑む、美しいその「おじばあ様」に、
「は、初めまして、サンリ・サン……です……」
サンリは戸惑いを隠せない。どう見てもそのひとは……ヒュームでいうところの、初等科から中等科くらいの……少女にも少年にも見える。
思わずコルジの袖を引っ張るのも仕方ない。
「ちょ、先輩。おじばあ様って、あの、いいんすか? 犯罪じゃないすか?」
「?」
「あの、年齢……」
「ああ、おじばあ様は、おじい様より少し若いな」
「少しじゃねぇだろ!!」
思わずなけなしの敬語が吹っ飛ぶのも仕方ない。
「そうか? でも俺の何十倍は生きていらっしゃる。翼ももうすぐ四対めが生えるんじゃないかな。いいな! 俺も早く翼増えないかな!」
「えぇ……???」
エンジェリアが長命種という知識はあった。だが見た目の年齢も実年齢に沿わない場合があるとなると、もうサンリにはさっぱりわからない。
「サンリさんは獣人ね? ふふ、私たちを見て混乱するのも当然でしょうよ」
おじばあ様はコロコロと鈴を転がすような声で笑う。
「エンジェリアの外見年齢は人それぞれだし、ある程度加減もできるの。私はうんと若作りしてるよ。かわいい孫と遊べる体力が欲しいからねぇ」
おじばあ様はふんわりと軽やかに羽ばたくと、少し浮かび上がった位置でコルジの頭を撫でた。コルジは気持ちよさそうにしている。どの口が甘えん坊と言うたか。
「えぇ……」
サンリは諦めた。もうわからん。エンジェリアはわからん種族ということだけはわかった。
あと多分、種族の傾向ではなくコルジが特別アホなんだろうということもわかった。
ちょっと読みやすくなるかな~と思って行間を空けるようにしてみました。
過去分も直してます。






