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本日二度目の更新です。
書いたら我慢できなくて投稿しちゃう。
「歯ブラシもあるし、パジャマもあるぞ! あ、お気に入りの枕があれば持っていくか? 着替えは?」
「なくても寝られるんで大丈夫です。下着も替えがあります」
「よし! じゃあ行こう!」
コルジは通勤に荷物を持たない。制服のポケットにハンカチとティッシュを入れているので全部問題なく完璧なのである(本人基準)。その空いた両手をサンリに向かって広げた。
非常にイヤな予感がするサンリである。
「え……と。俺飛べないんすけど、見ての通り」
「俺が抱えていくぞ!」
やっぱりか……
小さく舌打ちして、サンリは抵抗を試みる。
「公共交通機関はないんすかね?」
「? ないぞ? 気球船も規制されている区域だしな」
飛べる人種が多いため、空飛ぶ乗り物は大体規制されている。ゆっくりと上昇する気球船はその中でも規制が緩いのだが、エンジェリア居住区の高度まではそれでもいけない。
「抱えられるのはちょっと……」
「鍛えているから大丈夫だ!」
実際、コルジは鍛えていて、かといってゴツいわけではなく、黙っていれば彫刻のように美しい肉体(と、ついでに顔)をしているし、サンリよりも背が高い。そこも腹が立つのは秘密である。
「不安定じゃないすか」
「こう、背中と両膝の裏を抱えて持ち運べば安定する」
「絵面がいやっす」
お姫様抱っこというやつではないか。
「むぅ。でも翼があるからおんぶはできないしな……じゃあ後ろから抱えるか、向き合って抱えるかしよう! 向き合ったほうがいいかな? 足でしがみついてくれれば、さらに安定だ!」
「本当に絵面がいやっす。……後ろから抱えてください。腰、ベルトで巻いて固定しましょう。いやだけど。本当に遺憾だけど」
「わかった!」
元気よくお返事して、コルジはその辺にあった筋トレ用のゴムベルトのようなものを持ってきた。サンリの後ろに立つと、自分とサンリの腰をまとめて固定する。そのうえでサンリの脇の下から腕を回す。子供が胸の前でぬいぐるみを抱く体勢だ。サンリとしては非常に遺憾だ。
「では班長、デルタ先輩、さようなら! また明日!」
「お疲れっした」
「うん、さようなら。あと明日は休みだよ」
「ふたりとも、また来週ねぇ」
鳥人用出入り口からコルジと人身御供が飛び立つのを見送って、クラウデンは戸締りをする。今日も無事終わった。
デスクに戻って、クラウデンはふふ、と笑う。
「実は僕も、エンジェリアの居住地には興味あるんだ」
「報告のネタですかぁ?」
「いやいや、純粋な興味だよ。でも……空の上まで行くのはちょっと、大変そうだよね」
「ですねぇ。寒そうだし……あ。サンリくん、何も防寒対策してないんじゃ……」
「あ」
同時に窓の外を見上げると、既にふたりの姿はかなり小さくなっていた。
「ははは! いっしょに飛ぶのは楽しいな! サンリ!」
「……まあ、景色はいいっすね」
「そうだろうそうだろう!」
地に足を着けて生活しているサンリは、こんなに自由に空を飛んだことはなかった。ぬいぐるみスタイルなのが残念だが、眼下に広がる景色は、よく知っているはずなのにまるで見慣れない街のようで新鮮だ。ぐんぐん遠ざかっていくのが面白くもある。体にあたる風も涼しく……涼しく……いや、寒い……!?
「せせせ先輩やばい、さむ、寒い、寒い!!!」
「ん?」
胸の前で組まれているコルジの腕を必死に叩いてアピールすると、なんとか止まってくれた。ホバリング技術が素晴らしい。いやそれはどうでもいい(混乱中)。
「ささささむい、す! あ、頭も、なんか、痛い……!」
「!! そ、そうか! すまん、そうだな!? 獣人に上空は寒いな!? それに急な高度上昇も危険だな!?」
コルジはあたふたと旋回し始めた。上昇しないのはえらいといえよう。
「ちょ、これ、無理……」
これ文字通り昇天するんじゃ……? とぼんやり考えるサンリを胸に、
「元気になぁれ! 元気になぁれ! サンリが暖かくて元気に家まで行けますように!!」
ぐるぐる旋回しながら、コルジは半泣きで必死にお祈りした。
当然、叶う。
「あ、れ……?」
身体を暖かい光が包んだかと思うと、芯から温まってくる。頭痛や吐き気も嘘のように消えた。
「おお! よかった!」
祈りが通じたのを感じて、コルジは素晴らしい笑顔を向ける。祈る対象は自分たちでもよくわかっていないが、エンジェリアは昔から「主」と呼ぶ存在と縁が深い。恐らくその「主」というものがお願いをきいてくれている、と思っている。主よ本当にありがとう!
「死んだじいちゃんがちょっと見えたっす……」
「零室案件か!?」
「違います」
暖かくなったとはいえちょっと警戒心が芽生えたので、サンリは仕方なく、本当に仕方なく自分を抱きしめる腕をぎゅっと掴むことにした。出し入れ可能な鋭い爪は、出さないように気を付けている。
「お? 甘えん坊だな!」
ちょっと、出した。