第四話 世を渡る男(1)
「レイコさ~ん、お疲れ~ぃ!」
公安部第一課零室。ふたりしかいない部署の使う、ほぼほぼ物置のような部屋に、軽薄そうな男がやってきた。
ダライアウツ・ダンバー・ダイン。元室長にして現平職員である。
「ダインさん、お疲れ様です。西の方はどうでした?」
応えるのは現室長、レイコ・レイン。幸の薄そうなしっとりとした見た目と、同じく幸の薄そうなか細い声だが、実際は愛する夫とかわいい三歳の息子を持ち、毎日が充実しているしあわせな女性である。
「あ~、色々出たよ~。やっぱり俺らみたいなヒューム型が多いね。はい、お土産!」
「ありがとうございます。……わぁ! このお菓子、家族全員大好きなんですよ」
「よかったよかった。報告書はちょっと待っててもらえるとうれしいな~、なんて……」
「大丈夫ですよ」
「助かるぅ~」
へらへらと笑う男は、汚い自分の机の上に大きな鞄を載っけると、どっかりと椅子に座って脱力する。
「ふぃ~、長距離の移動は疲れるねぇ。俺、むしろ渡り鳥の鳥人っぽくない? あ、俺が居ない間、なにか面白いことあった?」
「面白いかは知りませんが、十二班にお願いした件がひとつ、あと、十二班が解決して……処理を任された件がひとつ、ありますよ」
「ほぉ? お願いしたのはあれだよね? レイコさんとこがヒュームインフルエンザで全滅してたときの。もう大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。家族全員お陰様ですっかり元気です」
「うんうん、よかったよかった。あ、概要は通信で送ってくれたやつでしょ? 報告書は……これか。後で読むわ」
鞄の下からお目当ての書類を引っ張り出して、鞄の上に置いておく。
「で、十二班が解決したっていうのは? 珍しいね?」
「ええ、コーネリウスくんが、がんばったみたいですよ!」
「ほぉ!」
ダライアウツはさも驚いたかのような顔をしたが、ほんの一瞬だけ、ぎらりと目が光った。レイコは資料を探していて見ていない。
「これです、こちらに纏めてあります。ふふ、コーネリウスくんがお手柄だと、嬉しくなっちゃいますね」
「わかる~」
レイコは小さい息子がいるせいか、コルジに特に甘い職員のひとりだ。部内でコルジのことを丁寧に姓で呼ぶ珍しい人物であるが、甘やかしたくて仕方ない。
「それで、この件で預かっているものがあって……局の方からダインさんにお預けするように言われています」
レイコは肩書こそ室長ではあるが、一般市民からの異色の登用で、組織内の都合に関することはあまり任されていない。扱いに困る案件は、ダライアウツが処理している。
「え。呪いの人形とか?」
「見てもらったほうが早いかと。持ってきますね」
レイコは、部屋の金庫に仕舞ってあった小箱を持ってきた。彼女の母方の家系は、代々霊能力者として影で活躍しているが、その直伝の封印術が施されている。かなり厳重といっていい。
「ん……!?」
ひと目見てダライアウツは腰を浮かせた。
「人形云々じゃなくて、ご本人登場か!」
「はい。中に入っているのは……悪霊そのもの、です」
レイコが迷いなく小箱を開く。一瞬警戒するダライアウツだが、中身をみて納得する。
「はぁ~! すごいなこれ、完璧に圧縮されてる! ビー玉みたいだ!」
「コーネリウスくんが『ポケットに入るようにと思ったら、こうなってくれた』って言ってましたよ」
「さすが神聖種ハンパない」
これは安全な悪霊。不思議な言葉だが正しくそうなっているから仕方ない。
「念の為ちゃんと封印しておきましたけど、正直必要ないくらい無害ですよね……殺人事件の犯人だそうですが、上としては、犯人死亡で処理するということです」
「なるほどねぇ」
悪霊のガラス玉を掌で転がす。黒い影がゆらゆらと揺らめいているのが見える。
「で、これを俺が好きにしていいってワケね?」
「好きに、って……上からはまあ、処理を任せるとのことですけど」
「ふふ、珍しいもの手に入っちゃったな~」
「そんなコレクションみたいに……え、まさか、してませんよね?」
「してないしてない! ちゃんと祓っておくから、安心してよ~。俺、伝説のオンミョージ? の子孫だからさ~」
「なんですかそれは……この前は『祖先は凄腕の悪霊ハンターだ!』とか仰ってませんでした?」
「あはは~!」
聞くたびに話が違うので、もうレイコはあまり気にしていない。適当な男だが、確かに霊の類が見えるし、どうやってるのか知らないが、いつもちゃんと祓っているようなのだ。
「ふふ、まったくもう……とにかく、お願いしますね?」
「任せて~」
着崩した制服のポケットに、無造作に悪霊を突っ込むと、ダライアウツはやっぱりへらへらと笑うのであった。
次回はほのぼのではないです。むぅ。




