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「っ、空気が、重い、ですね……!」
事故多発水域に差し掛かると、レイコは圧倒されて思わずコルジの手に触れた。コルジが乗っている舟はコルジの存在のお陰で、なんら「悪いもの」が近寄れない。しかし周囲のおどろおどろしさが視えるレイコは、思わず竦んでしまったのだ。コルジの手に触れると、癒やしの効果が素晴らしい。レイコもすぐに落ち着く。
「コーネリウスくん。あの大きな手から枝分かれして、黒い手がたくさん川に伸びているでしょう? 多分あれが舟に悪いことをしているわね」
「はい。すごく意地悪な感じがします!」
「そうね。……コーネリウスくん。原因は、左右両方の山の中にあると思う。私がこの一帯に結界を張ってみんなを守るから、その間に山の中の悪いものを探して浄化できる?」
「! わかりました! つまり山の中を全部飛び回ればいいんですね!」
「ふふ、確かにそれが一番手っ取り早いかも。お願いできる?」
「了解です! では、行ってきます! レイコさんも班長たちも、気をつけて!」
「ええ、あなたも気をつけて」
クラウデンたちが状況を把握する前に、ふたりは行動を開始した。コルジはばさりと翼を羽ばたかせ、右の山の方へ飛んでいった。公安職員としては説明や報告も必要だとは思うが、視えていない相手に分かりやすく説明するのは時間がかかる。それはコルジを待っている間にしよう、と判断したレイコだ。視えている分、一刻も早くなんとかしたかった。一方のコルジは、レイコと相談して決めたことだから大丈夫だと思っている。
「ええと、では説明と……結界を張りますね。船頭さん、ここからまずは右の川岸まで、舟をゆっくり進めて下さい」
「は、はい!」
船頭が舟を操る間、レイコはクラウデンたちに向き合う。
「その……左右の山から大きな手が出ている、ていうのがまず理解しにくいと思うのですけど……絵でも描きましょうか?」
「ああ、うん、それは報告書のときにでも描いてくれれば。とりあえず現状の大まかな内容は、コルジくんとの会話でわかったよ」
「助かります。両方の山にいる怨霊がまだ争っているのが原因で、舟はとばっちりを受けているみたいですね。それが最近になって急に増えたのは不思議ですけれど……」
「あ」
船頭が思わず声を上げた。職員の邪魔をしてはいけないと慌てて口を閉じるが、デルタに促されて発言する。
「あの……最近、両方とも山を開発する話があって。下見の際、邪魔なものを撤去したらしいんですが、どうやら両方とも、小さな、人工的な石造建築というか……よくわからないものも、取り壊したらしいんですよ。あれはなんだろうな、って、作業員たちの間で噂になっていたらしいです。近くの食堂で、彼らといっしょになることが多いものですから、そういう話も聞こえてくるんです」
「人工的な石造建築……? なんだろうね」
「……八百年前の、この地域。ヒューム。彼らの中で、何かしらのお祓いというか……そういう儀式があったのかもしれません」
レイコは言葉を選ぶ。彼女の家系は先祖代々霊能力者であるが、大昔には今よりもっと、人々(特にヒューム)の身近にそういう能力者たちがいたと伝わっている。彼らは人智を超える何かを畏れたし、浄化や封印の手段を今よりたくさん持っていたという。
今回の人工的な石造建築は、その類ではなかろうか、というのはレイコの見立てだ。実際その取り壊しの時期と、事故の起き始めた時期が一致しており、聞いているクラウデンたちもなんとなく納得する。
恐らく、今回の件をダライアウツが聞いたら「ジャパニーズホラーのアレじゃん!! 何故か壊しちゃう壊しちゃいけない『ホコラ』じゃん!! すげえ!!」と興奮するかもしれない。
「封印されていた悪しきものが、解き放たれたのでしょうね。でもコーネリウスくんが飛び回ってくれているので、大丈夫だと思います」
辺りに霊的な結界を張りつつ、レイコは山を見る。コルジの光の環と思われる光が、高速で移動している。光の通過した場所は、空気も清浄なものになっていく。レイコはコルジの能力に絶大なる信頼を寄せているのだ。
「えーと……じゃあ、俺達はもうあんまりすることがないっすね?」
「うふふ、そうなっちゃいますね?」
サンリの確認に、思わず笑顔が溢れてしまうレイコだ。コルジがいなければ、レイコひとりか、ダライアウツを引っ張ってきてふたりで、両方の山をひたすら歩き回らなくてはいけないところだった。それが本当に、することがなくなりそうだ。
「じゃあ、コルジくんが戻ってきたら、たくさんほめてあげて、一旦戻って、明日でも川下りしましょうかぁ」
「それがいいね! 一日で調査も終わって解決までできそうだし。船頭さん、明日、予約をお願いしていいかな?」
「も、勿論です! 取っておきのコタツ舟をお出ししますよ!」
明日の楽しい予定もできた。レイコの結界も張り終わって、のんびり揺られていると、やがて満面の素敵な笑顔で、コルジが帰ってきた。
辺りの風景は、夜だというのに明るさを増したかのようで、非常に清々しいものとなっている。
「ただいまもどりました! おばけさんがたくさんいましたが、みんな大人しく浄化されてくれました!」
「おかえり、コルジくん。お疲れ様。えらかったね」
「コルジくん、お疲れ様ぁ。温かいお茶飲む?」
「お疲れっす。あ、明日川下りやるってことすよ」
「ありがとうございます! 飲みます! やった!」
コルジは翼をばさばさとして嬉しそうだ。
「コーネリウスくん、よくがんばったわね。疲れてない?」
「はい、レイコさん! あ、それぞれの山に一箇所ずつ、おばけさんたちが集まっている場所がありました。おばけさん曰く、石のなにか、積み木みたいなものがあったらしいんですけど、それがなくなったから出てきたらしいです」
「ああ、なるほど……」
レイコの推測は当たっていたようだ。
「コーネリウスくん、お手柄だったわ。今夜はゆっくり休みましょうね」
「はい!」
レイコに頭を撫でてもらってにっこにこのコルジは、元気よくお歌を歌いながら帰路に就くのであった。
翌日、サンリにコルジの子守を任せて、昼のうちにクラウデンとデルタとレイコは協力して報告書を書き上げ、夕方から全員揃ってなんら気負いなく念願のコタツ舟で川下りを楽しんだ。
「コタツはいいな、サンリ! この甘酒というのも、いいな! 川の上なのにすごいな!」
「そっすねぇ~」
問題を解決してもらって大喜びの業者が、本当にとっておきのコタツ舟を出してくれた。広くて綺麗である。賄賂になるといけないのでちゃんと料金は払うが、大変快適だ。同じコタツにデルタと入って酒を飲む、というしあわせを噛み締めつつ、隣にぎゅうぎゅうに寄ってくる先輩の面倒をみながら、サンリはほろ酔いだ。これはいつか家族にも教えてやりたい。サギリとふたりでも楽しいだろうな、と思う兄ちゃんである。
「サンリ、これはまたいつか遊びに来よう! 他に誰を誘うかな! サギリくんに、シキさんに、ガイ先輩に……」
「男だらけっすねぇ……」
「俺は違うぞ?」
「見た目の問題っすよ」
「なら、確かに!」
甘酒とみかんをコタツで楽しみつつ、今日も素晴らしい笑顔で人生そのものを楽しむコルジである。
「まあ、いつか俺が女性も呼べるようにがんばりますわ」
「? よくわからないが、がんばれ!」
いっしょにまた遊びに行くこと自体は承諾してしまっていることに気づかないまま、サンリは川の流れとコルジのいうことに身を任せるのであった。
(END)




