第十六話 公安男子寮お手伝い案件(1)
公安男子寮。本部の建物と同じ敷地内に建つそこは、独身の男性職員が現在二十八名暮らしている。どちらも管理人である夫婦が、彼らの朝晩の食事を用意し、リネン類を洗い、大浴場の準備をし、共用部の掃除、修理、管理などを行う。
管理人一家は寮と渡り廊下で繋がった一軒家に住んでいるが、管理人夫妻は何かあればすぐ寮に駆け付け、寮生たちの相談に乗ったり、親身に世話をしている。寮生たちも、過去寮生だった者たちも、皆、この夫妻のことを第二の父母、あるいは兄や姉のように慕っているのだ。
現在寮で生活しているサンリ・サンも、例外ではない。
「……すいません、ちょっと今日は寮のほうにいていいですか?」
彼は今、朝礼と呼べない朝礼の直後、同じ十二班の面々にお伺いを立てていた。珍しいことである。
「え!? 体調でも悪いのか!?」
ばさっ! と翼を広げて、コルジが心配そうにサンリの顔を覗き込んでくるが、近くてうっとうしいので押しのけておく。
「いや、俺じゃないんすけど……」
「なにか寮のほうで問題が?」
クラウデンが訊いてくれたので、サンリは説明を始める。
「寮の管理人の、旦那さんのほうなんですけど、古傷? が悪さしてるみたいで」
「ああ。アレックス先輩か」
クラウデンが痛ましそうな顔をする。
「え? 先輩、って……?」
「アレックス・アレクサンドルフ……今は奥さんのアラガミ姓にしてるんだっけ? 彼は僕の二つ上の先輩でね、元一課一班だよ」
「え! そうだったんだ!?」
サンリは初耳であった。アレックスはあまり自分のことを話さない物静かな管理人である。
「任務中に大怪我をしてね……本当に酷かったんだ。一命は取り留めたけど、一課を引退して事務方に移ったんだよ。その後、既に寮の管理人をしていた奥さんに猛アタックして、管理人の資格を取って結婚したんだ。僕、結婚式で感動して号泣しちゃった」
「わ、わ、あのアレックスさんにそんな過去が……!」
いつも面倒を見てくれる、頼れるかっこいい美形狼獣人の過去を聞いて、なんだかドキドキしちゃうサンリである。普段は無表情気味だが、何かの拍子にふと見せる表情が優しくて、男として憧れちゃう相手なのだ。斯くありたいのだ。
「それで、アレックスさんは病院へ?」
心配そうにデルタが問う。
「あ、はい、朝ごはんのときにすごく顔色が悪かったんですよ。それで、俺とササハラ先輩がちょうどそこにいたんで、いっしょに公安の医務室に運んだんです。そしたら、大きな病院でちゃんと検査しよう、って入院することになったんすよ。だから寮生たちで緊急会議して、アレックスさんが復帰するまでの間、できるだけ自分たちのことは自分たちでやろうって決めたんです」
「なるほどねぇ。そういえば、小さなお子さんたちもいらっしゃったわよねぇ。奥さんを公安の託児所で何度か見かけて、お話ししたことあるわぁ」
レイコがたまに息子のレイジくんを連れてくるので、デルタも託児所までいっしょにお迎えに行ったりするのだ。そこで出会った管理人のアニー・アラガミは、愛らしくも美しい猫の獣人で、活発な明るい女性だ。今年五歳になる娘さんを連れてきていた。去年くらいまでは、双子の男の子も連れていた。彼らは今年から初等科に行っているはずだ。
「はい、だから奥さんのアニーさんも、アレックスさんたちとお子さんたち、両方のお世話が大変そうでして……じゃあいつも世話になっている俺たちでがんばろう、ってことになったんです」
今回は産休ではなく、本当に臨時だったため、アルバイトなども雇えなかったのだ。こんなときこそ恩返しだ、と、普段お世話になっている寮生たちの心に火が点いた。
「わかった! 俺もお手伝いする!」
「やめてくれ」
元気に挙手するコルジを思わずばっさりと切ってしまったサンリだが、当然コルジは聞いていない。
「まあ、話はわかったよ。幸い、今日は特に仕事もないし……何かあればすぐ呼べる距離だしね。許可するよ。ていうか、寮の管理人って特別公安職員だからね、お手伝いってことで問題ない」
「ありがとうございます!」
「じゃあ行ってきます!」
「いやだから先輩あんたは」
「サンリくん」
つんつん、とデルタはサンリの肩あたりをつついた。それだけで思わずデレっとしてしまうサンリである。
「コルジくんが寮内をおさんぽしたら、お掃除の手間、かなり省けるんじゃないかしら?」
「あ」
そうだ、人間空気洗浄機……というか空間清浄機だった。使える!
「じゃあ、それだけのために連れていきます!」
「お! よくわからないが、いっしょに行けるんだな! よし!」
にっこにこのコルジの手を引いて飛び出しを防止して、サンリはさっき出てきたばかりの寮へ戻るのであった。




