(3)
とある山間の、閑な集落。
都市部より南にあり、比較的暖かい日が多いが、冬になると雪に鎖されるため、交通の便の関係で、鳥人以外の獣人たちはあまり来ない。
その土地の名物は、なんといっても上質な温泉である。また、山の幸にも恵まれ、料理も美味しい。しっとりと閑に、寛ぎの癒やしを得られる、鳥人たちに大人気の越冬地だ。
「こんにちは! コルジエルです!」
「こんにちはー! サラおばさん、サンリです! ご無沙汰してます」
「こんにちは。お久しぶりです、サラおばさん。サギリです」
その一角の、鄙びた温泉宿「雪灯荘」。そこに彼らは舞い降りた。
「あら、ようこそー! コルジエルさん、初めまして。サンリもサギリも、大きくなったわねぇ! ささ、上がって上がって!」
出迎えてくれたのは、虎の獣人らしい中年女性だ。サンリとサギリの母の従妹であり、彼らからすれば従妹叔母にあたる。この温泉街では鳥人以外は少ないが、夫がこの集落出身の鳥人である。
部屋に案内してもらいながら、宿の様子を見れば、古いが手入れが行き届いていて、とても快適に過ごせそうだ。
「あ、この廊下、ちょっと覚えてますよ。お兄ちゃんが走って滑って転んだよね」
「よく覚えてるわねぇ~! そうそう、びっくりするくらい滑って行って向こうの突き当りでやっと止まったわね!」
「お、覚えてない……!」
「サンリがそんなことになったのか! 小さい頃のサンリはやんちゃだったんだな!」
自分が覚えていない幼少期のやらかしを、親戚にいじられるのはなかなか拷問である。サンリは恥ずかしいやら面白そうに笑っているコルジに腹が立つやらで、とりあえずコルジの脇腹を小突いておいた。
「そ、それはいいとして。サラおばさん、この時期忙しいんじゃないの? 大丈夫だった?」
話題を変えるサンリである。まさに書き入れどきなのだ。ちゃんと宿泊費は払うとはいえ、身内割引してもらっているし、自分たちをねじ込んでもらって大丈夫だったのだろうか。
「それがねぇ……」
サラはちょっと顔をしかめた。そういえば、宿は静まり返っている。
「今ちょっと、困った噂が立ってて……」
「え? ……何か力になれる? 俺……と、一応この先輩も公安だけど。それにサギリは頭がいい」
「うーん、でも手が出しようがないと思うわよ……あ、でもね、今日はおひとり、予約があるの!」
サラが嬉しそうに手を合わせた。肘から先の獣性が強いので、肉球がぱふっとなるだけで音は出ないが。
『すみませーん!』
そのときちょうど、玄関のほうから若い男の声がした。
「あ! 噂をすれば! 行ってくるわね。とりあえずそこのお部屋だから! 後でまた温泉とか案内するわね!」
「はい! お疲れ様です!」
元気よく手を振ってお見送りをするコルジであったが、その後ろで双子は考え込んでいる。とりあえず部屋に入り、荷物を置くが、ふたりの表情は引き締まったままだ。
「困った噂、ってなんだろうね……?」
「同業者の嫌がらせか? 辺りに探りを入れたいけど、虎の獣人は身内ってばれそうだな……」
「このお茶菓子おいしいな!」
「おいこら」
「……お茶淹れるね」
とりあえず双子は心配を一旦置いておいて、古き良き旅館の趣を満喫することにした。中庭がよく見えるよい部屋だ。あとで庭を散策するのもいいだろう。
☆
「へー! 女将さんはあの都市のほうから来たんですね? 俺、そこに住んでるんですよ。って、宿帳に書いたか」
「うふふ! 今ね、丁度親戚のコたちが遊びに来てるんですけどね、そのコたちもそこに住んでるの!」
やってきた本日唯一の予約客は、出会って速攻サラの心を掴んでいた。
ガイ・ガードナー。公安のモテる男筆頭と名高い(※若い女性職員界隈で)人物である。
「へえ! 親戚って、女将さんのほうの?」
「そうそう」
「あ、じゃあ虎の獣人さんか」
「そのコたちは、虎と犬のハーフなの。見かけたら仲良くしてあげてくださいね」
虎と犬の、といわれると、面倒見のいい後輩を思い出すガイである。まあ、そこまで珍しいわけではないから、本人ではないだろう、と軽く流す。本人なのだが。
「ええ、勿論! 女将さんに似てかわいいコかな? 女のコ?」
「うふふ、男のコですよぉ。あ、でももう一人、鳥人のお友達もいっしょね。男の子だけど、すごくきれいなコなんですよ! あんなきれいなコ、初めて見ましたよ!」
「……え?」
少し雲行きが怪しくなってきた。虎と犬の獣人のハーフがいて、いっしょに鳥人(に見える)の大層綺麗な人物がいる……
ガイはいっそ清々しい笑顔になった。
「ははは! もしかしたら知り合いかもしれません!」
数分後、元気よくお部屋から飛び出してきたかわいい後輩と鉢合わせることによって、答え合わせがなされたのであった。
斯くして、彼らはここに集ったのである。




