(3)
軽い昼食と食休みの後、ゲレンデに使えるという場所を見に行くことにした。ウェアを着込み、道具を持って行く。
登ってきたのと別の斜面は、割となだらかでちゃんと雪の積もった、天然の素晴らしいゲレンデだった。
「ほお! これはいいね」
「ですねぇ」
スノースポーツ経験者ふたりの目が光る。
そして。
「!」
「!」
双子は急に無言で雪原を駆け回り始めた。多分柴犬の血が騒いだ。
「あはは! 俺も!」
その後ろをコルジが楽しそうに飛んでついて回る。楽しそうでなによりだ。
暫くしてサギリの体力が尽きて雪原に倒れ込み、サンリも野生から理性を取り戻し、コルジがそんなふたりの上でにこにこ旋回している頃には、デルタがスキーで素晴らしく華麗な滑走を見せていた。雪山を駆ける山羊の獣人はとても生き生きとして美しいのである。
その後ろを、バッチリとお高めのウェアを着込んだクラウデンが「わー」とか「あー」とか言いながらゆったり滑ったり転けたりしている。運動神経は良いはずだが、スキーは正直あまり上手くはない。しかし楽しそうだ。
「じゃあ俺、スノボに挑戦してきますけど……先輩、サギリをよろしく。サギリ、色々気を付けてな。このひと目を離すとすぐアレだからな」
「うん、わかったよ。行ってらっしゃい」
「うむ! サギリくん、ソリに乗ろう!」
コルジがにこにことサギリの手を引いてソリの準備に行く間に、サンリはレンタルしてきたスノボを装着する。なんとなくの予習はしてきた。
「っと、ふむふむ、なるほど」
感覚派で肉体操作の上手なサンリは、数分ですぐにコツを掴んだ。早速滑走していくが、中々様になっている。更に数分後にはジャンプまでこなしている。
「あらぁ、上手ねぇサンリくん」
肩にスキーを担いで山羊の脚力で軽やかに斜面を駆け上がってきたデルタに褒められ、サンリは無駄にかっこよくターンして止まった。本当に無駄なアピールである。
「ありがとうございます!! でもデルタ先輩もスキー、すごくお上手ですね!!」
「ありがとう~。結構得意なのよねぇ。あ、下の方は雪の積りが薄いから気をつけてねぇ」
「はい!!」
その横を、てれてれと「わー! 楽しいねー!」とクラウデンが通り過ぎて行った。
更に後ろからはコルジとサギリの楽しそうな声も聞こえてくる。ふたりで乗れるソリだから、いっしょに乗っているのだろう。
なんとも平和に楽しい時間が流れる休日であった。
☆
ソレは、山の奥に古くから棲んでいた。
奥、というのは、そのままの意味だ。地中深く、マグマのようにソレは在った。
(おかしい……)
ソレは困惑していた。ソレは悪霊たちの残留思念が何らかの原因で寄り集まって固まったものだった。長いこと、ソレは己の気配に惹かれてやってくる、他の霊たちを吸収することによって、成長し存在し続けていた。ソレは決して人間たちに存在を知られず、ただの現象のようなものとして在り続けていた。自我を持ったのはここ数百年。
そんなソレが、困惑している。
(あの男ではなさそうだが……)
数十年前、謎の男がこの山にやってきた。ヒュームに見えるが、ソレには分かった。そんな生易しいものじゃない。もっと強烈なナニカだと。
そのナニカは、彼の食料とも言うべき霊たちをあっという間に浄化していった。中には手酷い扱いを受けてなにかしらの情報を搾り取られたものもいたようだが、詳しくはわからない。とにかく恐ろしい男だった。
ソレは、できうる限り己の存在を薄く小さくした。見つかったら危ないと、本能のようなもので理解したためだ。
お陰でなんとか気づかれずに済んだが、なにかしら警戒はされたようだ。山全体が清められ、霊が集まる速度が大幅に減った。そのせいでだいぶ食料を手に入れ難くなった。おまけに、あの男はたまにここへ集まった霊を祓いにくる。忌々しい。
だから、ソレは少し考えた。あの男がこの山に来たときに使っている拠点。あの館に、少しずつ、少しずつ、呪いの種のようなものを積み重ねていった。もうすぐ、呪いが完成する。あの男が今度足を踏み入れれば、その罠が牙を剥くだろう。
だがしかし。今、あの男とは別のナニカが、この山にやってきている。あの男のような凶暴な恐ろしさは感じないが、それ以上にもっと……その存在自体が己の存在を消滅させかねないような……
ソレは大人しくしておくことにした。ただ、呪い続けるだけだ。もうすぐ、もう少しで、発動する。今やってきているものがなにかは分からないが、自分そのものが見つからなければ、またやり過ごせるだろう……その間に呪いが完成すれば……
☆
「わー!?!?」
「ははは! 速い速い!」
サギリを前に、コルジとふたり乗りのソリは勢いよく斜面を滑っていく。多少勢いがよすぎる。
「こ、コルジさん、速い!」
「な! 楽しいな!」
「わぁー!?」
あまりの速さに気を失いそうなサギリではあるが、コルジがしっかり後ろから腰に手を回して支えているので逃げ場はないし、サギリの足だけではブレーキが効かない。
「ん?」
ふと、コルジが不思議そうに首を傾げた。前のサギリにはその様子は見えないし、気にする余裕もない。
コルジはなにかちょっと妙な感覚を覚えたのが……
まあ、気のせいか! とコルジは楽しい雪遊びを満喫する。
実は気のせいではなく、彼は今まさに山の奥に潜むソレの真上を通過し、以てうっかり浄化してしまったのだが。
ちなみにソレは気付いていなかったが、長年かけて積み上げてきた館の呪いも、コルジが足を踏み入れた時点で解呪済みである。
こうして、雪山で起こるはずの怪異事件はすべてまったく完膚なきまでに未遂に終わったのだった。




