デスゲームで生き残った俺はゲームの主催者になりました
数ある中からお読みいただきありがとうございます!
頭を空っぽにして読めるコメディでございます。
デデテーン
唯一の生存者になった俺の目の前に、仮面をかぶった黒いローブの大柄な人物が現れた。
「厚井 情。お前がこのデスゲームを制した。褒美に願い事を何でも叶えてやる⋯⋯と言うのは無理だが、もうデスゲームをしなくてもいい存在に変えてやろう」
俺は立っているだけでも精一杯だったし、思った以上に目の前の相手の声が小さくてよく聞こえなかった。
(え、なんか言ってる⋯⋯いや、言い終わったのか? 端々しか聞こえなかったな。でも“もうデスゲームしなくていい”って言ったか?)
「ありがとうございます!」
俺は体育会系が染みついた体だったので、元気に返事をしておいた。
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ここは地図にも載っていない無人島。
名前どころか場所さえもよくわからない。
そこに集められた百人の男女。
海岸に船が着くと、その中からバスが下りてきた。中は眠らされているのか、乗客全員が寝ている状態だった。
屈強な男たちが、バスの中から一人ずつ抱えて、地道に浜辺へ下ろしているのを、俺は複雑な思いで見ていた。
(なんか、見てはいけないものを見てしまったな)
居心地が悪くなり、俺は腕をさすって目線を逸らす。
しかし、居ても立ってもいられない。
「あの、手伝いましょうか?」
「いえ、これが私の仕事なんで⋯⋯でも、あと六十八人かぁ。お願いしてもいいですか?」
「いいっすよ」
浜辺へ全員を綺麗に座らせると、俺が呼ばれて、なぜか前に待機することになった。
(これちょっと想像してたけど、想像以上に気まずいな⋯⋯)
眠らされている百人の男女の前に立つ俺。
“誰かが起きたらどうしよう⋯⋯”という心配は、見事に的中した。
「えっ、誰⋯⋯?」
目を覚まし始めた男女が、俺の姿を見て引いている。
起きるやいなや、「ここはどこだ」と慌てて周りを探し、そして俺を見る。
場違いな仮面と黒いローブ姿の俺に、明らかな動揺を見せる。
(⋯⋯そっちこそ誰だし。俺の知らんやつじゃん)
恥ずかしさのあまり、心の中で悪態をつく。
俺の時はスピーカーみたいなやつから説明が始まった。
なのに今、“俺はVチューバーだったのに画面操作ミスって素顔公開しちゃった”くらい気まずい⋯⋯。
変な汗が止まらない。
目覚めた人はすでに過半数にのぼる。
そこにスタッフが後ろからこっそりと囁いてくる。
「下がっていただいて大丈夫です。スピーカー、直ったんで」
(参加者の前で待機しなくても良くない? ⋯⋯っていうか、スピーカー壊れてたの?)
今の俺は、絶対に深淵を覗いてきた顔してると思う。仮面で見えないけど。
俺はスタッフの後ろに付いて、場所を屋内へと移動した。
ようやくクーラーの効いた部屋で、無人島に設置されたカメラからの映像が映るモニターを見ている。
氷の入った麦茶をストローで飲みながら、皆が目覚めるのを待つ。
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「それでは皆さん目覚めたみたいなんで、お願いします」
スタッフが促してくる。
俺はデスゲームの唯一の生存者。
そして今は、訳あってゲームの主催者となった。
咳払いを一つ。
「諸君。知っての通り、ここは電波が届かず迎えの船もない無人島だ」
俺の声を聞いて、周りをキョロキョロして“心当たりのある”顔をする人もちらほら。
(心当たりある顔をするんじゃない。さっきは間違いなく初対面だった。仮面もつけてた)
“さっきのあの人じゃない?”──誰かが言い出しそうで気まずい。
麦茶を一口飲む。よし。
「ここで、鬼ごっこをしてもらう」
ざわざわ⋯⋯と参加者が動揺し始める。
「ただし、時間の経過とともに使えるエリアが狭まっていく。狭まる十分前にアラートが鳴るので、無くなるエリアにいた者はアウト」
ビービーとアラート。続けてデデデーンと音階が下がる。不安を煽る音。
(おい、段取り。ちゃんと台本に書いておいてくれないか。これ基本ルールなんだけど、アラートの音、伝わってないぞ)
ゲームにおいて、ルールがわからないことは致命傷となる。
「⋯⋯おさらいをする。アラートが鳴る⋯⋯」
⋯⋯アラートは鳴らない。
ちらりとスタッフを見ると、なにかを操作しているが、音が出ていない。
「あれっ、Bluetoothスピーカーのペアリング失敗してるな⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯
ビービー
ようやく鳴った。
「⋯⋯ふぅ」
俺の安堵の声がスピーカーから漏れる。
その直後──
デデデーン
デデデーン
デデデーン
なぜか何度も鳴り始める不安を煽る音。
(スタッフよ、効果音の機械が壊れてないか?)
一気にチープな雰囲気になった気がする。
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そしてようやく無事にスタート。
参加者は戸惑っている様子だったが、走り出した。
俺の近くで待機する鬼たち。
全身黒タイツみたいな姿の鬼だが、体格を見ると、朝会った屈強な兄ちゃんたち。
バスから一緒に参加者を下ろしたからか、こちらに会釈してくる。
なんとなく親近感が湧いた。
鬼の登場は三十分後。
それまで参加者は無人島の地形を把握し、エリアごとの境界を確認するはずだ。
鬼からはどう逃げてもよし。高鬼みたいに木に登って逃げるのもあり。
鬼たちは颯爽と森の中へと入っていった。
耐久サバイバルゲームが始まったのだった。
モニターには各エリアのカメラ映像が映し出される。
後ろを気にしながら余裕のフォームで走る参加者。
そこへ、横からいきなり現れる鬼。
早速、捕まり始めた。
「いっ、嫌だ⋯⋯捕まえないで⋯⋯うわぁ!」
デデデーン
余裕を見せながらスライディングで捕まえる。鬼は手慣れてる。
「ぎゃー早すぎる!」
デデデーン
参加者を追い詰め、両手をわきわきと動かしながらじりじり迫る鬼。
「バリア! ⋯⋯マジ無理!」
デデデーン
モニターからは、参加者の悲痛な叫びが次々に聞こえてくる。
捕まった参加者は、そのまま引きずられるように連れて行かれる。
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俺はデスゲームの参加者に助けられたことがある。
『俺は独り身だから、気にするな。生き残れよ、情!』
目頭を押さえる。熱いものが込み上げる。
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「あの、鬼に捕まった参加者はどうしますか?」
スタッフが、捕まった人たちの対処を俺に尋ねてくる。
(俺は、あんな辛い思いは他の人にしてほしくない!)
「⋯⋯」
俺は、ある指示をスタッフに出した。
無理やり連れて行かれる風の参加者たち。
だが、他の参加者が見えなくなると、こっそりスポーツドリンクを渡され、スタッフから熱中症の問診が始まる。
クーラーが効いた待機部屋に案内される。
部屋にはしょっぱいお菓子、甘いお菓子──よりどりみどり。
ただし、雰囲気はまるで年末の感謝祭でゲームアウトした芸人の控え室のような哀愁に包まれていた。
画面も設置されていて、捕まっていない参加者の活躍を、眩しそうに眺めている。
やがて、鬼は武器を持ち始めた。
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俺のときは釘付き金属バットや金槌もあり、捕まらなくても出会っただけでやられることもあった。
俺の数メートル先で、鬼にやられたやつを何人も見た。
『家に帰りたかった』
ある参加者の言葉が、脳裏に蘇る。
くっ⋯⋯また目頭を押さえる。
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俺は、武器を別のものに変えていた。
鬼が参加者を見つける。
ピコッ!
威力より、間の抜けた音の方が目立つプラスチック製のハンマー。
鬼は思い切り引いてフルスイング。
「うわぁーやられた」
ピコッ、ピコッ
デデデーン
「鬼、速っ」
ピコーンッ、ぷしゅっ
デデデーン
デデデーン
やっぱり効果音の調子がおかしいようだ。
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その後も鬼とのゲームは次々に追加された。
捕まったら、熱い鉄球拷問──ではなく“熱々おでん”。
少し残虐性を持たせるために、こんにゃくは多めに入れてもらう。
俺のときは、水・酸性・アルカリ性の三種の風呂。
酸性とアルカリ性は、その場で溶ける拷問風呂だった。
あれは見ている方もつらかった。
くっ⋯⋯なので、これも変更。
「熱っ、あ、あちち」
やけどしない程度の48度のお風呂。
そして──
「あぁ、ひんやり気持ちいい⋯⋯あれ、なんか寒い⋯⋯すごく寒い⋯⋯」
特別に精製したハッカオイル。その瓶五本分を入れた「ひえひえお風呂」。見た目は普通なのに、入ると寒気が止まらない。
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こうして、悲鳴の止まらない恐怖の鬼ごっこは終了した。
ふと思う。
最後まで残った人には、前回の俺のように、何かご褒美的なものがあるのだろうか。
スタッフに尋ねてみると、「一緒に行きましょう」と連れられ、朝の浜辺へ。
帰りのフェリーが到着している。
最後まで捕まらなかった男は、頭が異様にふっさふさ。
このあとの段取りは聞かされていない。
番組のエンディングのように、脱落した参加者たちが並んでいる。
冒頭で捕まった者は、不満そうな顔。
見せ場を作った者たちは、少し満足そうにしている。
そして彼らの前に立つのは、今回、最後まで逃げ切った彼。
「すみません、あとラストだけいきますね」
「えっ、インタビュー?」
「すみません、低予算なので⋯⋯」
プラスチック製のマイクが彼に渡される。
(それ、中にラムネ入ってるやつじゃないか?)
「えー、この度、この不可解な無人島に連れてこられたわけですが、連れてこられる前は──」
(いきなり身の上話から始まったぞ。しかも“連れてこられる前”に戻るのか⋯⋯?)
延々と続く話──。
一向にバスの話が出てこない。
他の参加者も飽きている。
浜辺という、常に風が吹く場所で、彼の異様なふさふさの髪も少しずつ揺れていく。
飽きていた参加者たちは、だんだんと彼の頭に注目し始める。
視線が集まっていることに気づいた彼は、声に熱が入り始めた。
──ただし、誰も話には集中していなかった。
(あ⋯⋯あれ、もしかしてカツラ?)
それどころではなくなった。
カツラと地肌の攻防戦に目が離せない。
俺の脳裏に、聞こえるはずのない語りが流れてくる。
“おい、カツラさんよ。地肌と喧嘩したのかい?
長年連れ添ってきた相棒だろ。少しは分かってやれよ。
えっ、もう遅い? 散々取り合わなかったのに今さら、話せば分かるなんて無理な話だって?”
今、カツラは右側から離脱しようとしている。
そこへ、ボーッと響き渡る船の汽笛。
(えっ、船行っちゃうの?)
「あっ、フェリー間に合わなかった」とスタッフ。
「そしたらどうすんの?」と俺。
俺の方が慌てている様子でスタッフとコソコソ話を始める。
「次来るの、一週間後なんで⋯⋯」
「定期便かよ」
参加者は彼のカツラに注目していて、フェリーには気づかなかったようだ。
「ちなみに、食べ物は?」
「ないですね」
ですよね!
──参加者も知らないまま、一週間のリアルサバイバルが始まった。
デデデーン
お読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです!