2. 導きの声
その夜、僕は夢を見る。両親が死ぬ光景の夢だ。5年前僕たちはテロ発生地域の中心にいた。都市で一番有名なアミューズメントパークに家族で訪れていた。セレスチャル:セントラルエリアにある「アクアパーク」という名の施設だ。あの日は都市が夏休みでたくさんの人がそこにいた。僕と両親はパーク内のシアターで演劇を鑑賞していた。内容はあまり覚えていない。主人公が少女だったことは覚えている。演劇のクライマックスシーンで、突然シアターの天井が爆発によって崩落した。天井は瓦礫となって僕に降り注いだ。多分僕は舞台に立つ少女に釘付けとなっていて、動けなかったのだと思う。瓦礫によって暗闇に閉じ込められる直前、僕の目に映ったのは僕をかばおうと覆いかぶさってくる両親と、舞台の上で瓦礫につぶされる少女だった。僕は父のうめき声を聴きながら必死に助けが来るのを待った。父は背中に大けがを負ったようで、血と思しき液体が僕に落ち続けていた。母は瓦礫によって頭をつぶされていた。頭の中身が飛び出した母の姿が脳内にこびりついて離れない。父の荒い息がだんだんと弱くなっていった。僕は手を組んで祈った。天から僕らを見守っているという神に懇願した。「どうか両親を救ってください」と。
どうやら深夜に目覚めてしまったようだ。悪夢を見たせいでもう一度眠ろうという気は起きなかった。叔父に負わされたけがのせいで体中から悲鳴が上がる。僕はまた泣いてしまった。両親が死んだ事実を僕はまだ受け入れられていない。さっき夢を見たばかりなのに、まだ夢の中にいることを願っている。全部悪い夢なのだと、僕は5年間悪夢を見続けているのだと。毎日そう思っている。日付が8月16日になった。5年と一日続く悪夢はまだ覚めない。
僕は神様が嫌いだ。あの日結局神様は両親を助けてくれなかった。都市の住人はみんな神様を愛しているけれど、きっと神様は僕たちのことなんか愛していないんだ。僕は部屋から抜け出して、寝静まった家を歩く。キッチンに向かい、流し台の照明をつける。壁掛けラックに収納されている包丁のうち一本を手に取る。「人は死ぬと神様に会いに行く」と初等学校の先生が言っていた。僕はこれから神様を殴りに行く。人が痛がる殴り方を僕はこの2年間叔父から学んだ。神様に「ごめんなさい」と言わせてやる。首元に刃をあてがう。途端、僕をどうしようもない恐怖が襲う。これから肉塊と化すと理解した僕の頭が、僕の全身の筋肉を固まらせる。僕の顎が歯を砕かんばかりの勢いで震える。怖い。死ぬのが怖い。でも僕はやらないといけない。5年と一日の悪夢から覚めるため、かれこれ2年間閉じ込められている怪物たちの家から逃れるため。僕と僕の両親を見捨てた神様を殴るため。僕は大きく深呼吸した後、息を止めて首を切った。
「シグレ。何をしているノ?ニンゲンのオマエがボクたちに攻撃できると思っているノ?まだお父さんとお母さんが死んでないと思っているノ?馬鹿みたいだネ」
僕の目の前に美しい少年が立っている。光を纏っている少年は、白い髪を靡かせて微笑んでいる。頭の中に少年の声が響いた。彼に名前を呼ばれて、僕は金縛りにでもあっているように動けないでいる。
「キミはボクのものだから死んじゃダメ。外に出テ。この子を探しテ」
少年の顔が溶けて崩れて別の人の顔になる。僕は僕を見つめる少女を目に焼き付ける。苦しいほどに綺麗な少女だった。少女が少年に戻る。少年の目の中が蠢いている。まるで母の頭の中身のようだった。僕は胃液がこみあげてくる感覚を覚える。しかし少年の目から目が離せない。
「キミたちを苦しめる夜を、ボクが終わらせてあげル。夜を明かすために、キミはボクの言うことを聞いテ?」
少年に首筋を撫でられると、激しいめまいがして僕は意識を失った。