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夜を明かすために  作者: 深鈴東
第二章
23/27

22. 施設での仕事

 探偵事務所「猫の足跡」で夢中になって事務作業を行っていると、気づけば時刻は13時になっていた。ヨシミツさんが用意してくれた昼食を食べながら昼休憩をとっていると、僕の携帯がトバリからのメッセージを受信した。この携帯も支給品だが、僕が以前使用していたものよりずっと性能がいい。ちょうど休憩時間だったため、すぐに内容を確認する。

『今日はキミたちも外勤だね。ボクも施設のみんなに顔を出しに行くから、現地で会えるといいね。それと、少年もボクたちと同じ所属の者として施設に向かわされるから、そこで【対最優先事項部 一課】と名乗ってくれ。くれぐれもキミの正体を悟られないように気をつけるんだよ!』

 まるで彼女がしゃべった言葉がそのまま文章になったようなメッセージに、おもわず笑いがこぼれた。

「嬉しそうだね。何かあったの?」

 僕の笑い声を聞いたコハルがソファの後ろから僕を覗き込んだ。僕が携帯の液晶をコハルに向けると、彼女は僕のそばに寄って携帯に顔を近づけた。すると僕らの対面に座ってお茶を飲んでいたヨシミツさんが、微笑ましそうにこっちを見ていることに気が付く。

「ふふ、二人ともすっかり仲良しだね」

 どうやら彼は僕とコハルの距離感に親密さを感じたらしい。確かに僕は今コハルと物理的に近い距離にいる。出会った初めの頃は彼女と面と向かって話すことすら緊張してままならなかったが、彼女との仕事を重ねていくうちに気心の知れた関係になったと思う。僕とコハルはお互いに顔を合わせた後、同時に笑った。

「そうですよ。私とシグレ、とっても気が合うの」

「そっか。よかった。コハルさんに同年代の仕事仲間ができてよかったよ」

「たしかに、同い年の同僚ができたのは嬉しかったです。ヨシミツさんはちょっと年が離れたお兄さんみたいですから」

「……せめておじさんにしてくれない?」

 ヨシミツさんは気まずそうにお茶を啜った。彼はいつもコハルにからかわれている印象だ。どことなくトバリとマサヨシの関係を想起させる。まあヨシミツさんはマサヨシ程尻に敷かれている様子はないが。

「今日、トバリも仕事で施設に来るそうなんです。だから嬉しかったんだよね」

 コハルは唐突に僕に尋ねた。僕はびっくりして思わず声が裏返ってしまった。

「え!?ま、まあ…嬉しいけど……」

 彼女がどのような意図で質問してきたのかが読めず、僕は身構えた。

「リーダーがいたら心強いもん」

「ああ…そう!そうだね」

 どうやら自分の考えは見当違いだったようだ。僕は安堵しお茶を啜った。しかし、コハルは僕の不自然な驚き方を見逃してはいなかった。

「それに、シグレはトバリのこと大好きだもんね」

 僕はコハルの言葉に、思わず口からお茶を噴き出した。その拍子に気道にお茶が入りかけて、勢いよくせき込んでしまった。

「わっ、大丈夫?」

 ヨシミツさんが落ち着かない僕の背中をさすってくれた。僕はこの時ばかりは、コハルのことを恨めしく思った。

「こ、コハル…?急にどうしたの…」

 僕はじとりとコハルを睨むが、彼女は口を押えてぷるぷると震えていた。わかりやすく笑いをこらえている。

「そんなに動揺することだった?少しからかっただけだよ」

 コハルは吹き出しながらにそう言うと、とうとう腹を抱えて笑い出してしまった。僕はコハルに遺憾の意を込めた視線を向ける。

「あははっ、シグレはとってもわかりやすいよね」

 コハルが笑い泣きの涙を拭いながら僕の方を見た。僕は顔が熱くなったのを感じた。

「べ、別にトバリのこと……そんな風に思ったことないよ!!」

「そうなの?でもシグレ、トバリのこと知りたがってたよね。あの子のこと特別に感じてはいるでしょ?」

 コハルは僕を見つめながら尋ねてきた。僕は思わず言葉に詰まった。トバリの過去について詮索していたことを、彼女に好意を寄せている故の行動だと思われたのか。コハルは真剣なのかからかっているのかわからない。僕は彼女の視線に負けてしぶしぶ口を開いた。

「…そ、それは……だってトバリは僕の命の恩人だし。特別な人では…あるよ」

 僕は恥ずかしくなって、うつむいてしまった。別に変なことは言ってないはずだ。しんと静まり返った空気にそろりと顔を上げると、頬を両手にあててやけに可愛らし気な仕草を披露しているヨシミツさんと、あからさまににやにやしているコハルが視界に映った。僕はその光景に戻りかけていた顔の熱が一気に上がるのを感じた。

「かっ、からかわないでよ!もう!!」

 僕は立ち上がって大声で抗議した。二人の生温い視線に耐えられず、座ったり立ち上がったりを繰り返してしまった。

「ふふ、ごめんね。そんなに顔が赤くなっちゃうなんて思わなかったから。そうだね、()()()()()トバリのことが大切なんだね」

 まるで子供を宥めるかのようなコハルの物言いに、僕は対抗心を燃やした。

「…っ、こっコハルだって!カスミのこと大好きでしょ!?」

 僕は諸刃の剣である台詞をコハルにぶつけた。コハルは一瞬驚いたように目を見開いた後、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。

「…そうだよ。私だけのものにしたいくらい大好き」

「…っ!……!!」

 僕はもう何も言い返せなくなってしまった。完敗だ。ヨシミツさんが彼女の言葉に「あらまあ」と顔を赤くしている。コハルは恥ずかしがる様子もなく、むしろ見事などや顔を披露している。うちの班の女性は強かで隙がない人ばかりだ。僕はヨシミツさんやマサヨシのことを馬鹿にできないほど、彼女たちに負けてばかりだった。




 晩夏を迎えた都市はしっかり制服を着こむにはまだ暑く、日向を歩いていると汗がにじんでくる。猫の足跡から徒歩で行ける距離にある臨時被災者施設は、国が設置した施設の中で最も規模が大きく、約1万人の被災者が暮らしている。僕たちは上からの要請でその施設に支援物資の配給の手伝いをしに行くこととなった。僕たちよりも階級が高い者が身に着ける制服を着たヨシミツさんが、僕たちを先導して堂々と歩いていく。警察帽を目深に被っているため、彼の表情はうかがえない。しかし、すれ違う市民に緊張感を与えるほどの気迫を彼はまとっていた。僕とコハルはヨシミツさんの後ろをついていく。かなり注目を受けているが、今は僕も八咫烏の制服を着ているのだ。市民は僕のことを単なる警察官だとしか思わないだろう。だから変におどおどせず、僕もヨシミツさんのように堂々としておくべきだ。コハルは僕と同じデザインの制服を身に着けている。小柄な彼女だが、僕なんかよりずっとパンツスタイルを着こなしていた。トバリの制服は不安になるほど丈が短いスカートだが、動きやすいようにと自らあの格好を希望したらしい。彼女曰く「本当はスパッツだけでよかった」とのことだが、風紀的にまずいと却下されたため邪魔にならない長さのスカートを着ることで妥協したらしい。僕たちの制服は本当は露出を極力減らしたデザインなのだ。

「あそこだよ。シグレ君は初めてここに来るよね」

 数分歩くと、小高い丘のような土地にある立派な建物が見えてきた。坂の前にゲートが設置されており、厳重な警備が敷かれていた。数名の警察官が常に待機しているようだ。僕たちがゲートに近づくと一人の警官が近づいてきた。彼の胸には八咫烏のバッジの他に、九命猫所属であることを示す紋章がついていた。

「どのような用件で?」

「要請を受けて来た者です」

「所属をお願いします」

「九命猫人事部配下『秘匿情報管理班』所属、加藤善光です」

 ヨシミツさんに続き、僕とコハルも警官に名乗った。

「癒月恋春です」

「た、鷹崎時雨です」

「…少々お待ちください」

 警官は電子端末を操作した後、待機所でセキュリティを監視している別の警官に話しかけに行った。僕は緊張で落ち着かなかったが、二人は慣れているようで待ち時間に他愛ない雑談をしている。

「確認が取れましたのでお入りください。配給は中庭で行いますので、そちらでの待機をお願いします」

 ヨシミツさんは帽子を外して「ありがとう」と警官に伝えた。警官が待機所に合図を送ると、閉ざされていたゲートが開いた。重厚な音を立てて開かれたゲートの先に、丁寧に舗装された道が見える。

「それじゃあ行こうか。二人とも、ここから先は自分の所属を聞かれたときは気を付けてね」

 ヨシミツさんの言葉に僕とコハルは頷き、坂を上っていく。これから待ち受けている、新たな任務への期待と緊張で僕の心拍数は上昇していった。




 施設の中庭は適度に緑が取り入れられており、入居者にとってはきっと心休まる空間なのだろう。しかし今はそうそうたる人数の警察官が作業を行っており、安らぎを与えるどころではなくなっていた。ざわざわと人が行き来する空間に、同じような制服の中に一人だけ目立つ容姿の女性を見つけた。彼女は数名の警官と話をしながら各所に指示を出している。

「第一テントと第二テントは支給品の配列を始めてくれ!準備が完了した班からボクたちに報告に来るように!手の空いた者は予備テントを第三テントとし、今日届いた複数企業からの物資を企業名ごとにブースを分けて設置してほしい!」

 トバリだった。彼女はこの場を指揮する役割を担っているようだ。大勢の大人たちがたった一人の少女の声に従っている。その光景がなんだか奇妙で、彼女の力の大きさを物語っている気がした。

「トバリさん、お疲れ様」

 ヨシミツさんがトバリに声をかけた。トバリは僕たちを振り返ると、真剣な表情から一転して明るい笑顔になった。

「よく来たね!協力、感謝するよ」

 トバリは手に持っていた電子端末を操作し、それを近くにいた警官に預けた。

「ボク直属の部下だ。彼らに仕事を頼みたいから少し席を外させてもらうね」

 警官は頷くと自分の持ち場に戻っていった。

「直接会うのは久しぶりだね。ヨシミツさん。どうだい、ボクの部下たちは。きちんとやっていけてるかな」

 トバリはヨシミツさんに挨拶した。

「そうだね。お久しぶり。二人ともしっかりものだから、すごく助かっているよ」

 ヨシミツさんはにこやかに答える。僕のことも評価してくれて嬉しかった。

「それは何よりだ。では、世間話はこのくらいにしてキミたちにいくつか仕事をお願いしたいのだけれど」

 トバリは設営途中のテントに近づいて、そこで作業をしていた警官たちに声をかけた。

「以前から施設での手伝いをしてもらっている者だ。今回第三テントを担当してもらうから、わからないことがあれば彼に聞いてくれ」

 トバリはヨシミツさんに「よろしくお願いするよ」と頭を下げ、僕とコハルに小さな声で指示した。

「配給が開始したら、キミたちはボクのそばに来て。ボクとコハルで少年のサポートをするから、あまり気を張らないでいいよ。それまではヨシミツさんの指示に従ってくれ」

 僕たちは同時に「了解」と頷いた。トバリはそれを見て満足げに笑うと、元居た場所へ戻っていった。

「九命猫『秘匿情報管理班』班長の加藤善光です。対最の一課課長より、この場での指揮を命じられました。よろしくお願いします」

 ヨシミツさんは丁寧にあいさつした。その場にいた警官が、少しほっとしたような表情を浮かべている。

「よかった。有識者の方が来てくれて……。あ、僕はイーストエリア第三交番の(みね)と申します。本日はよろしくお願いします」

 ミネと名乗った若い警官は、ヨシミツさんに深く頭を下げた。彼に続いてほかの警官も名乗り出す。人数が多くて覚えていられなかったが、彼らはほとんどが若い新米警察といった雰囲気だった。ヨシミツさんは自身も作業しながら、警官たちに役割を与えていく。経験者がいることの安心からか、ミネを筆頭とした若い警官たちは迅速に作業を進めていった。



「今日はありがとうございます。加藤さんがいらしてくれてとても助かりました」

 中庭の設営がある程度完了し物資提供の時間になるまで休憩をとっていると、同じテントで作業をしていたミネという名の警官が僕たちに話しかけてきた。彼は胸をなでおろしながら「ここに来るのは初めてで、何もわからなかったんです」と抱いていた不安を吐露した。

「そんな。いいんですよ。仕事ですから」

 ヨシミツさんはどこか微笑ましそうにミネを見ている。何度も頭を下げるミネを見ていると、ばっちり彼と目が合ってしまった。

「あなたたちも加藤さんと同じ所属の方ですか?」

 ミネは僕とコハルを交互に見ながら興味深そうに尋ねてきた。僕が言葉に詰まっていると、ヨシミツさんが助け船を出してくれた。

「二人は僕のお手伝いをしてくれているんです。彼らは対最優先事項部の人たちなんですよ」

 ヨシミツさんに紹介されるとコハルがミネに会釈した。僕も慌てて挨拶する。

「癒月恋春といいます」

「鷹崎時雨です……」

「そうなんですね!改めて、セレスチャル:イーストエリア第三交番に勤めている、峯晃太朗(みねこうたろう)と申します」

 ミネは敬礼した。若いのにとても様になっている。おそらく生真面目であろう彼は「失礼します」と言って、僕の隣に腰を下ろした。

「不躾ですが、お若いですよね。不快でなければ歳を伺ってもよろしいですか?」

 僕は戸惑ったが、彼の真摯な姿勢に答えたいと思い口を開いた。

「じゅ…17です」

「そうでしたか!僕は22です。年下なのに八咫烏で働いているなんて、尊敬します」

 ミネはまっすぐな目で僕を見ている。からかっている様子はなかった。心の底からそんな風に思ってくれているのだろうか。

「あ、ありがとうございます…」

「お三方は頻繁にこの施設に?」

 ミネは知りたがりなのか、いくつも僕たちに質問をぶつけてくる。そんな彼を見守るような視線でヨシミツさんは答えた。

「僕は要請を受けてここに来ることはそれなりにあります。コハルさんも何度か手伝いに来てもらっているので、施設での仕事は経験済みです。…シグレ君は今日初めてここでの仕事をしに来たんですよ」

「ね」とヨシミツさんは僕に笑いかけた。僕が頷くとミネは一層嬉しそうに僕を見た。

「そうだったんですね!よかった。僕もここに派遣されることが初めてで右も左も分からなかったんです。到着してすぐ指示をいただいたはいいものの、マニュアルを知らないわけですから参ってしまって…ほかの交番から派遣されてきた同僚たちも、僕と同じように新人が多くて正直困っていたんです。だから皆さんのような経験ある方が来てくださって、本当に助かりました」

 頬を搔きながら恥ずかしそうにそう言うミネを見て、彼と同じように初心者である僕も安心した。

「皆さんは九命猫の方ですよね。恥ずかしながら、僕は大規模テロ関連の事象への対応に明るくなくて…もしよろしければ、配給時にもご指導いただけませんか!」

 ミネが目を輝かせてヨシミツさんを見た。彼のフレッシュなエネルギーに気圧されそうになりつつも、ヨシミツさんは嬉しそうだった。

「もちろん!僕なんかでよければ……」

「峯、何をしている」

 突然鋭い声が背後から聞こえてきた。びっくりして振り向くと、人相の悪い男が僕たちを見下ろしていた。彼はおそらくヨシミツさんと同じくらいの年齢だろう。しかしヨシミツさんとは違い、年相応に老けた顔をしている。彼の顔を確認したコハルが、僕に耳打ちした。

「この人…準備してるときにずっと悪態ついてた人だ」

「えっ…」

 僕が再び男の顔を仰ぎ見ると、男は不機嫌そうにミネを睨んでいた。

「油売ってないでとっとと戻ってこい」

「あ、すみません…」

 ミネは慌てて立ち上がった。僕たちに頭を下げた後、どこか暗い面持ちで男のもとに駆けよる。男はミネを無言で睨んだ後、こちらにも気持ちがよいものではない目線を向けてきた。

「……っち、面倒な仕事回してきやがって」

 明らかにこちらを敵視したようなセリフを吐いた後、男は僕たちの下から立ち去ろうとした。

「なっ…ま、待ってください!先輩」

 ミネが意を決したように男を呼び止めた。男はいかにもだるそうにこちらを振り返る。

「こ、こちらの方に指南していただいたんです!それで感謝を述べさせていただいてて…!」

 ミネはヨシミツさんを男に紹介した。

「加藤さんです。九命猫に所属の方で施設での任務を熟知されています。我々のような未経験者は彼にご指導いただくべきだと思います!」

 ミネは先輩と呼んだ男にぎこちない笑顔を向けた。男はミネと同じ職場の人間のようだが、ミネの接し方から男が普段どのようなふるまいをしているかがなんとなくわかる。

「加藤さん、こちら僕の先輩の……」

「わざわざ名乗る意味なんてねえよ」

 男はミネを制止し、性格の悪さがにじみ出ている笑い声をあげた。

「はっ!こんな雑用によばれてる時点で俺たちはなめられてんだ。八咫烏の温情で食っていけてる奴らに呼び出されてこき使われるなんてな」

 僕は男が何を言っているのか分からなかった。しかし、その言葉に急激に頭の中が冷えていくのを感じた。しばらくの沈黙のあと、男は唖然とするミネを置いて踵を返して行ってしまった。しばらく固まって男を見ていたミネだが、我に返ったようにはっとした後、僕たちに深く頭を下げて男を追いかけて行ってしまった。去っていくミネを見ながら、ヨシミツさんが少し悲しそうな顔で呟いた。

「……彼には周りの大人たちに影響されないまま、警察官として成長してほしいな」

 ヨシミツさんは帽子を被りなおして立ち上がった。コハルは何も言わずに彼の後をついていく。僕は遠くに見えるミネの背中をしばらく見つめ、先ほどの嵐のような時間、何も言えなかったことを悔いた。

(どうして同じ八咫烏の人間なのに、そんなに見下したような言い方をするんだ…)

 僕は困惑しつつも、あの名前も知らない男に静かに怒りを募らせた。そしてミネのような善良な人が、男の部下であることにやるせなさを感じた。











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