1. 生まれた日、死んだ日
「本日8月15日で、セレスチャル大規模テロ発生からちょうど5年が経過しました。未だ立ち入りが禁止されているセレスチャル:セントラルエリア付近では、多くの人が哀悼の意を示し、規制線の前に集まっています。このテロで亡くなった方は9000人に迫り、今でも30人の行方が判っていません」
テレビに映されているニュース番組に5年前の映像が流れ始めた。ああ、嫌だ。せっかく気を紛らわせるためにつまらないニュース番組を見ていたというのに。僕がテレビから目を逸らすと、角度が変わった顎に拳が振り下ろされる。舌を噛むことは免れたが、骨に衝撃を感じた後顎関節が一瞬ずれた気がした。じんじんと痛みが鼓動と同じリズムで強まったり弱まったりしている。この一撃を皮切りに、先ほど殴られた箇所の痛みを自覚してしまった。僕は僕に跨って拳をふるい続ける怪物を見上げた。叔父はいつも無言で僕を殴る。何度見ても叔父の恐ろしい顔は、兄であるはずの自分の父に似ていなかった。テレビから爆発の音と甲高い叫び声が聞こえる。その声にはどう聞いても興奮が滲んでいた。僕の父と母は声を上げる間もなく死んだというのに。頬をはたかれ強制的に顔の向きを変えられる。僕の目線の先でこの家の住人が僕を見て笑っている。彼らはテレビで流れている映像に微塵も興味がないようだった。
「続いてのニュースです。未成年が失踪する事件が多発している模様です。先月までに届けられた行方不明届は20件を超えており、国家統率保安機関が注意を呼び掛けています」
叔父はまだ気が済まないようだ。髪をわしづかみにされ体を起こされる。髪が無理やり抜ける感覚に顔がゆがむ。僕はたまらず叔父の手を髪から引きはがそうとした。するとすかさずがら空きになった胴体に蹴りを入れられる。僕は口から飛沫を吐き出して悶えた。ねばついた汗が体から噴き出す。叔父に殴られるたびに笑い声が響き渡る。僕の体は引き金であり的だった。この家に住む人間はどうしようもないほど醜いと、僕は思う。
気が付くと日が傾いていた。窓から夕陽が差し込んでいる。リビングには誰もいなかった。僕は泣いた。体中がとてつもなく痛むのだ。汗が気持ち悪くて着ていた長袖パーカーを脱ぐと、腹にグロテスクな痣がいくつもできていた。僕は自室に戻らないといけない。嵐が去ったあとリビングで横たわっていると、庭の砂利の上に捨てられることになるからだ。
「最後になりますが、今日はセレスチャルが誕生してから100年がたった日でもあります。多くの人々の命を奪ったセレスチャル大規模銃乱射爆破テロが残した傷痕は未だ都市に大きな影響を与えています。大切な人を失った苦しさに苛まれ、あの惨劇を思い出して眠れない日もあると思います。しかし私たちは立ち止まっていられません。生命と清らかな水にあふれる都市の再興を、都市に住む誰もが願っています。今こそ市民が一丸となって歩き続けることが求められています。人類の栄光とされるこの都市に再び安寧が約束された日々が訪れるよう祈りましょう」
おめでとうセレスチャル!
天に最も近いこの都市に幸運を!