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夜を明かすために  作者: 深鈴東
第一章
17/22

16. 役に立つ血

「…………まさか鷹崎家のご子息にこんな形で会うことになるとはな」

 マサヨシはすっかり疲弊した様子で呟いた。僕がホムラに借りた本を読み始めてから10分くらいたっただろうか。マサヨシはようやく気持ちの整理がついた、というより色々なものを飲み込んだようで、やっと話し合いが再開できそうだ。

「上の人間も少年が鷹崎家の血を引いていると分かれば、認めるどころかむしろ歓迎してくれるだろう」

「そうかもしれんが……」

 僕は鷹崎グループに直接関係がある訳ではないが、本当に上手くいくのだろうか。それになぜ僕が鷹崎の人間だと都合がいいのだろうか。僕が疑問に思っていると、マサヨシが僕に質問してきた。

「あ〜、鷹崎クン。あんたの親御さんは鷹崎グループの中でどの立場にいるんだ?」

「?社長です……社長でした」

「今は違うのか?」

「はい…僕の両親は大規模テロで死にました。社長だった父がいなくなってからは、僕の叔父が社長をやってます」

 マサヨシは「失敗した」といった顔をした。

「そうか…悪かった」

「いえ…」

 もうさすがに僕も両親の死を受けとめている。誰かに尋ねられたくらいでへこむ僕じゃない。

「……そうだ。あんたは保護者から虐待を受けてたと聞いたが、テロの後はどこで暮らしてたんだ?臨時被災者施設の職員から暴力振られてたのか?」

 僕は首を横に振った。

「いえ…2年前までは施設にいたんですけど、突然叔父がやってきて僕を引き取ったんです。その時に初めて叔父と会って、なんで急に僕に会いに来たのかも分からなくて……叔父の家で叔父の家族と暮らすようになってから、僕は家の人達にいじめられるようになりました」

「大企業の社長が甥に虐待するような人間だったとはな……あれはとんだ狐だったわけだ」

 マサヨシは「胸糞悪い」と吐き捨てた。彼は僕の叔父に会ったことがあるのだろうか。

「キミの叔父は度を越した悪人だったわけだ。虫唾が走る」

 トバリは軽蔑するような言い方で僕の叔父を罵倒した。ホムラも「罰を受けるべきだな」と同意する。

「……時期がかぶるな」

 マサヨシはぼそりと呟いて、頭を掻きむしった。

「トバリ、とりあえず俺は鷹崎クンの保護が完了したことを上に報告する。そんで上が鷹崎クンの入隊を認めたら、お前らに連絡する。…まあ、ないとは思うが万が一上が拒否した場合は、諦めてもらうしかないな」

 マサヨシの言葉にトバリは満面の笑みで頷いた。僕はあまりにも事が簡単に進むことに不信感を持ち、彼らに疑問をぶつけた。

「ちょ、ちょっと待って…!どうして僕が鷹崎だと、八咫烏の人たちは僕のことを受け入れてくれるんですか?!」

 僕が慌ててそう尋ねると、二人が同じタイミングでこちらを向いた。そしてそのあと顔を合わせて、黙ってしまった。

「えっ」

(聞いちゃいけないこと聞いちゃったのかな?)

 僕が狼狽えていると、二人の代わりにホムラが答えてくれた。

「鷹崎グループは八咫烏に技術提供をしている。君には拠点で話したが、企業で発明した『脳構造改造手術(ホーク・オルター)』をこちらの要請に応じて施してくれると申し出てくれた。セントラルエリアが抱える秘密を市民に隠すことができたのは、ひとえに鷹崎グループの技術のおかげと言っても過言ではない。だから八咫烏は鷹崎グループといい関係でいたいんだ」

 ホムラの回答に、トバリとマサヨシは「そう!」と声をそろえて言った。

「鷹崎グループはほぼ無償で八咫烏に協力してくれたんだ。しかもあちらのほうからの提案でね。だから八咫烏も鷹崎をぞんざいに扱う訳にはいかないのさ」

 僕は二人に理由を説明されても、いまいち腑に落ちなかった。僕には鷹崎の血が流れているけど、だからといって八咫烏に直接的なメリットをもたらす力は僕自身にはない。それに鷹崎グループの現社長である叔父からあんな扱いを受けている僕は、もはや鷹崎家から除外されていると言える。考えれば考えるほど、八咫烏がなぜ僕を受け入れるのかわからなくなってきた。僕が納得していないことに気づいたのか、マサヨシは話を収束させようとした。

「まあ、あんたが鷹崎の人間であるおかげでお前らの希望は通るんだ。思うところはあると思うが、まずは自分の運の良さに感謝しとけ、鷹崎クン」

「……はい」

 疑問は払拭できなかったが、マサヨシの言うとおりだ。僕が鷹崎の人間じゃなかったら、きっとトバリたちと同じ組織にはいるためにもっと大変でアウトローな手段を取らなければならなかったはずだ。僕はとりあえず、自分の希望が通ったことを喜ぶことにした。



 僕達が会議室で話し始めてからもう3時間が経とうとしていた。ようやく人事部長の承認を得て、僕のR.W.M.U.一班への入隊を八咫烏のお偉いさんに掛け合ってもらえる。話し合いが終わると、マサヨシはトバリをつれて「作業がある」と出て行ってしまった。僕は不安から解放され、安堵のため息をついた。正直ここに来るまでは、トバリ達の拠点に無理やり住み着いてしまおうなど考えていたが、それだとどうしてもいろいろな人を巻き込んでしまう。無許可で隊員を増やした一班のみんなも、九命猫の人事を担当しているマサヨシも。それにマサヨシの下で働く九命猫の職員だって、なにも影響がないなんてありえないだろう。とにかく今日本部に来て、冷静になれてよかった。もし八咫烏で働くたくさんの人たちを目にしなければ、僕は自分の目的のために多くの人たちを不幸にしていたと思う。本部に直接交渉をするなんていったいどうなってしまうのかと思っていたけれど、思いがけない偶然が重なって最善の状況をもたらすきっかけとなった。

(鷹崎グループが国の機関である八咫烏と協力関係にあるなんて知らなかったな。..........じいちゃんの代に開発された、鷹崎グループの代名詞ともいえる技術がこんな形で使われているのは、ちょっと悔しいけど…でもそれのおかげで僕は公式にトバリ達の仲間になれた。..........叔父が無償で技術提供をする判断をしたことで救われるなんて、不服だ。そうか、あいつと同じ血のおかげで、僕は...................)



「本庁のカフェテリアで販売されているシフォンケーキがおいしいんだ。トバリとマサヨシさんの作業が終わるまで、そこで過ごさないか?」

 はっとして顔を上げると、すでに会議室の扉から体を半分出しているホムラがいた。僕は昨日の拠点で、お菓子をたくさん食べていた彼の姿を思い出した。もしかしたら彼は交渉の間、呑気に「終わったらカフェテリアに行こう」など考えていたのかもしれない。僕は思わず吹き出して、席を立った。

「行きたい!おなかすいちゃったし.........」

 僕はホムラと並んで、人事部の部署を後にした。

「他には何が食べられるの?」

「デザートだけでなく、フードメニューもある。…ハンバーグとか」

「カスミが作ったのとどっちがおいしいか比べようかな」

「飽きないのか?うらやましいな」

「そ、そう?.........普通に好きな食べ物だからかも」

「一理あるな。俺も紅茶と洋菓子は毎日食べても飽きない」

「.........すごい甘党だよね。ホムラって」

「ああ。そのせいで班員に怒られることもある」

「トバリとかに?」

「彼女もそうだが、カスミが一番うるさいかもな。『晩飯前にばかすか間食をとるんじゃねえ!!』というセリフを何回聞いたことか」

「えっ!?すごい似てた!もっかいやって!」

「『俺はコハルのことを誰よりも幸せにできる自信があるぜ......?』」

「!??あははっ!ちょっとまって......!」

「『料理ができる家庭的優良男子とは俺のことさ......』」

「あははははっ!もうやめて......!悪意が!すごいよ.........!」

「楽しんでいただけたみたいでなによりだ」





 〇





 かたかたとキーボード音が鳴り響くオフィスに、顔に疲労をにじませた中年の男が入室してきた。その後ろを少女と言える年齢の警察官がついていく。麗しい顔と美しい白い髪をした彼女は、やけに上機嫌な様子だった。デスクワークに夢中になっていた職員たちは、彼らがオフィスにやってくると一斉に顔を上げた。

「おかえりなさい、部長」

 一人の職員が中年の男に向かって声をかけた。男はそれに生返事をするが、職員は満足そうだ。

「すまないね、人事の皆さん。大切な部長さんを長い間借りてしまって」

 少女が職員に声をかけると、職員は明らかによそよそしくなって顔を引きつらせた。

「い、いえ。執行官様のご要望とあれば.........」

 露骨に顔をそらされ、少女は少し悲しそうな顔をした。しかし、すぐに人を惹きつけるような笑みを浮かべる。

「あともう少しだけ貸してくれるかい?.........ちゃんと使える状態で返すから安心してくれ」

「え.........ええ、もちろん。むしろいくらでも消費していただいてっ」

 職員の言葉に中年の男が振り返った。

「おい!どういう意味だ!!」

 男が問いただすと、オフィスが笑いに包まれた。男は頭をがしがし掻きながら、ゆらゆらと歩いていく。少女は彼と職員たちの様子を見て、愉快そうに笑った。



「慕われているんだね」

 中年の男のデスクの前で、少女がオフィスを見渡しながら言った。

「.........あいつらが勝手に慕ってくるだけだ」

 男は書類をまとめながら、ぶっきらぼうにそう言った。少女は彼の様子を見てにやついた。

「うれしそうだね。素敵な才能じゃないか、マサヨシ人事部長」

 少女の言葉に、マサヨシと呼ばれた男は舌打ちで返した。少女は「ふふっ」と笑い、マサヨシが書類を片付けている様子を、近くの椅子に腰かけながら眺めていた。ガラスで区切られた部長室の向こうで、職員たちがにこやかに談笑している。どうやら昼休憩の時間になったようだ。ここには老若男女が所属しているが、全員八咫烏の警察庁に所属しているれっきとした警察官だ。ただ、九命猫の本部にいるということは、彼らのほとんどがかつてセントラルエリアの治安維持を担当していた「セレスチャル第一警察署」に所属していたということ。第一警察署も大規模テロによって深刻な被害を受けた。亡くなった警察官も少なくない。

(ここにはテロの被害者しかいない。けがを負った者、家族を殺された者、職場を失った者。どんな形であれ、皆大規模テロによって人生を狂わされた者だ。いくら八咫烏本庁で事務処理の仕事をしているからと言って、セントラルエリアの状況に目を向けることを避けることはできない。ここにはボクのように、セントラルエリアに関わることを望んでいる人ばかりではないというのに)

 少女は書類に無心で何かを書き込むマサヨシの横顔を見つめた。初めて会った時より、ずっとやつれてしまった気がする。彼も大規模テロによって安寧を奪われた者の一人だ。彼はよく「生き残ってしまった」と口にする。それは彼が残された人であることを示している。少女はマサヨシのデスクの上に写真が飾られていることを知っている。いつもは誰の目にもつかないように伏せられている写真立てだが、少女は以前書類を取りに来るという名目で遊びに来た時にうっかり見てしまった。そこにはまろやかな瞳の女性と、中学生くらいの女の子が写っていた。おそらくマサヨシの家族だろう。そして彼女たちはもう、この世にはいない。

「.........キミもお昼休憩をとったほうがいいんじゃないかい?」

 少女は昼食も取らずに作業を続けるマサヨシに声をかけた。マサヨシは少女を一瞥した後「後でとる」とだけ言って手を止めることはしなかった。少女はため息をついて、暇を持て余すように椅子を回転させて遊んでいた。



 マサヨシが作業を始めてから20分が経ち、彼はようやくめどが立ったようで肩や首を回していた。彼が動くたびにぼきぼきと関節が鳴る。少女は椅子から立ち上がり、マサヨシのデスクに近づいた。

「終わったかい?」

「上への対面申請書は作った。あとはこいつをしかるべき場所に持ち込んで、申請した旨をメールで伝える.........ったく、何もかもメールで完結すりゃ楽なのによ」

「お疲れ様。ボクたちに承認を知らせるときはメールで構わないよ」

「当たり前だろ.........」

 二人は軽口を交わす。少女はマサヨシとの会話が好きだった。彼と話しているときは、年相応の少女のままでいてもいいと思えるからだ。



「……ねえ、マサヨシ人事部長。話って何だい?」

 少女はマサヨシに呼ばれて、仲間と別行動をし人事部に戻ってきた。半ば無理やり連れてきてしまった名家出身の家出少年のことが気がかりだが、少女の優秀な部下がそばにいるので大きな問題はないだろう。少女が切り出すと、マサヨシは真剣な顔になって彼女に尋ねた。

「トバリ。お前どうしたんだ?」

「何かボクにおかしいところでもあったのかい?」

 トバリという名の少女は心当たりがない、言わんばかりに首を傾げた。

「しらばっくれるな。.........鷹崎クンのことだ」

 マサヨシが家出少年について言及すると、トバリは心ここにあらずといった感じで遠くを見つめた。

「……彼、すごい胆力だよね。自分からセントラルエリアに飛び込んで、ボクを納得させるくらい強い気持ちで燦然世代(奴ら)への復讐を望んだ。そして幸運なことに、ボクらが必要としている人間の一人でもあった!これは神の思し召しか何かかもしれないね」

 マサヨシは真剣に答えないトバリという名の少女にいら立ちを募らせたのか、大きくため息をついた。

「.........自分でもわかっているだろ。普段のお前なら絶対にしないであろう判断を下していることを。常に一般人を巻き込まないよう徹底してきたお前が、なぜ急に鷹崎クンを.........。それにわざわざあいつを()()ような真似をしてまでな」

 マサヨシの疑問にトバリは冷たく返した。

「九命猫に…ひいては八咫烏のためになると思ったからではだめなのかい?少年の身柄を預かることは、鷹崎グループへの警告になる。そして少年の叔父が社長に就任した時から、鷹崎グループに異変が起こり始めたとキミも気づいているだろう。大規模テロから5年が経ち、鷹崎グループをブラックリストに登録してから幾度となく警告を行ってきた.........。しかし鷹崎は何も反応がない。情報の開示要求に従わないということは、彼らが何かを隠していることの証拠になる。だから八咫烏は鷹崎の()()を握ることにした。そして今日、新たに鷹崎を追い込むことができる弱みが八咫烏の手に渡ったというわけさ」

 トバリは何かを握りつぶすような動作をして、嘲るように笑った。

「こんなに揺すってきたというのに、まだしっぽを出さないなんてすごい胆力だ。幸か不幸か、これも鷹崎の血なのかもね」

 マサヨシは歯がゆそうに顔を歪ませた。

「お前は本当にこれでいいと思っているのか?いくら何でも考えが変わりすぎだ。一般人を人質にすることに肯定的なんてな。誰かに、圧力をかけられているんじゃないのか?今セントラルエリアの外で暮らしている市民に、テロの惨禍を思い出せたくないと言っていたのはほかでもないお前さんだ。それなのに鷹崎クンに国家機密を教えて、復讐心を焚きつけてまで自分の組織に引き入れるなんて.........。本当にあいつをセントラルエリアに閉じ込めることに、お前は納得してるのか?」

 トバリはマサヨシに冷たい視線を向けた。

「ボクが誰かに強いられて少年を入隊させたと思ってる?そんなわけないだろう。部外者をデリケートな秘密部隊(ボクら)にあてがうなんて、八咫烏が考えるわけがない。ほかの誰でもない、ボクの意思だ」

 マサヨシはひるむことなく、トバリを追求する。

「鷹崎クンにとって、いい選択になると思っているのか?本当にあいつは心の底から九命猫に関わりたいと?」

「…ボクが少年を脅したとでも?決めたのは少年だよ。ボクは道を示しただけ。選んだ道が間違っているかどうか判断するのは、その道を選んだ人間にしかできないのだから」

 トバリはマサヨシの質問を鼻で笑った後、まるでマサヨシを軽蔑するかのように彼を睨んだ。

「.........それにしてもキミたちは本当にお人よしだ。少年をうまく利用すれば調査に進展が得られるというのに。自分の復讐のために誰かを利用することをためらってしまうその優しさ.........セントラルエリアが今もなお封鎖されているのは、そういう優しさを持った人間が多いからなのかもね。ま、優しいところはキミの良いところさ。マサヨシ人事部長」

 マサヨシは悲しそうな顔をして「.........そうか」と言った。

「お前.........本当にどうしちまったんだ」

「どうかしてるのはキミのほうだ。キミは八咫烏の人間だろう。なぜ自分たちのためになる手段に賛同しない」

 今度はトバリがマサヨシを問い詰めた。まるで尋問をするかのような気迫を見せる彼女に、マサヨシは気圧されることなく冷静に対応した。

「鷹崎クンの入隊に反対したいわけじゃない。実際あいつは八咫烏の役に立つ。ただ.........あいつを連れてきたのがトバリ、お前だったことが気がかりなだけだ。自分の信条に反する行動を起こしたんじゃないかと、不安になったんだよ。俺が心配しているのは鷹崎クンじゃなく、お前だ」

「……!」

 トバリはマサヨシの言葉を聞くと、彼から顔をそらし俯いてしまった。彼女の様子を見たマサヨシは小さくため息をつき、わずかに表情を柔らかくした。

「いったい何がお前をそこまで追いつめているのか、話してくれないか?」

 トバリは震えた声でこう呟いた。





「……時間がない」




「うん?」

 マサヨシが聞き取れなかったという仕草をしたが、トバリは一変した態度をとった。

「.........あは、キミは本当に優しいね。本当なら、無理な対応を求めたボクを咎めることだってできるのに。文句を言いながらも、ボクたちの願いを聞き入れてしまうのだから」

 トバリは部長室の出入り口に向かって歩いていく。

「言っておくけど、ボクが少年を勧誘したことに関しては、間違いなくボクの信条に従った行動だよ。ボクは少年を助けたいし、少年もそれを望んだ。結果として少年を八咫烏の人質にする形になってしまったけど、彼に危害を加えることは絶対にボクが許さない」

 マサヨシは彼女を追いかけなかった。何も言わずに彼女を見つめている。

「心配してくれてありがとう、マサヨシ人事部長。安心してくれ。シグレ少年はボクが守って見せるから。だからキミがこの件に関して心労を抱える必要はないよ」

 トバリは部長室のドアに手をかけた。

「トバリ」

 マサヨシはデスクに座ったまま彼女を呼び止めた。トバリは再び彼を振り返る。

「なんだい?」

「..................あまり思いつめるな」

 トバリは小さく息を吞んだ。そしてどこか擽ったそうに笑った。

「ありがとう。.........やっぱりキミは優しいね」

 ガラス戸を開けてトバリは部屋を出ていった。ガラスの壁の向こうで、職員に声をかけて手を振る彼女の様子が見える。マサヨシは彼女を見送った後、デスクに伏せられていた写真を手に取った。写真を見つめて、懐かしむように目元を綻ばせた。

「本当に優しい奴だったら、こんな場所で事務作業するだけの人生送ってねえよ.........」

 マサヨシは自分にだけ与えられた個室で、自分にだけ聞こえる声で、疚しさに溺れていた。



2025年10月3日 一部表現を修正しました

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