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夜を明かすために  作者: 深鈴東
第一章
13/22

12. 分岐点

 ホムラが部屋を出ていってすぐ、カスミが見知らぬ少女を連れて入室してきた。少女は小柄で儚げな雰囲気を纏わせており、まるで人形のように美しかった。

「……はじめまして」

 少女は僕を見つけると一歩前に出て、鈴を転がしたような声でそう言った。

「っは、はじめまして…!」

 僕は緊張しながらそう返した。カスミがまた僕の首に腕を回し、少女に向かって僕を紹介した。

「コハル!こいつはシグレだ。これから俺たちと同じ組織で活動するんだとよ!」

 コハルと呼ばれた少女は、カスミの様子を見て微笑んだ。

「…ふふ、カスミ嬉しそう。私、癒月恋春(ゆづきこはる)と言います。カスミと私は同じ時期に組織に入隊して、それっきり新しい人は入ってこなかったの。だから、あなたが私たちにとって初めての後輩になるんだ。カスミはそれが嬉しくて仕方ないんだと思う」

 にこやかにそう語るコハルを見て、カスミは声を上擦らせながら抗議した。

「ちょ…!コハル!それはマジだけどさ、わざわざシグレに言わなくたって!」

「照れてる。ふふ、可愛い」

 カスミは「可愛くないって!!」と大声で叫んだ。顔が真っ赤になっていて、照れているのが丸わかりだ。僕は二人の間には特別な空気が流れていることを感じ取っていた。こちらまで甘酸っぱい気持ちになってくる。しかし、二人の会話は微笑ましいと思った。

「楽しそうだね。キミらが打ち解けられたようで何よりだ」

 トバリさんとホムラが戻ってきたようだ。トバリさんはノートパソコンやら何やらを抱えていた。彼女はコハルに「おかえり」と言い、コハルは「ただいまトバリ」と返した。

「よし、全員揃ったね。皆着席してくれ!これからボクらの今後に関する大事な話をしたいと思う」

 ボクらはそれぞれソファに着席した。僕は一人がけのソファに促され、そこに着席する。僕の隣に同じようにコハルが座った。カスミはコハルに席を譲ったようで、僕の後ろで背もたれに手を付きながら体重をかけている。二人がけのソファにトバリさんとホムラが着席すると、トバリさんが話し始めた。

「まずボクの独断で事を進めてしまったこと、謝罪させて欲しい。少年の入隊については彼の意思を尊重した上で決断したことを理解しておいて欲しい。少年はのっぴきならない事情で元いた場所に帰ることが難しい。よってボクたちが保護することが最適解だと判断した。少年の事情について、コハルはまだ知らないと思うけど…」

 トバリさんがそこまで言うと、カスミが「やべっ」とこぼした。トバリさんが半目でカスミを睨む。

「あ…あとで!あとで聞いておくって…」

 カスミはバツが悪そうに視線を泳がせた。

(そういえばカスミにどうしてセントラルエリアに来たのか聞かれてなかったっけ)

 僕はおそるおそる手を挙げた。

「あの…もしよかったら改めて説明してほしい…です。ここにいる人たちは、その、僕の話を受け止めてくれると思うから…」

「少年がいいなら…。でもいいのかい?ボクの口から説明してしまって」

 僕は頷いた。

「僕は話すことが上手くないから…」

「わかった。キミがそう望むなら、ボクが二人に説明するよ」

「ありがとう、トバリ…………さん…」

 トバリさんの前で彼女を呼び捨てにすることが気恥ずかしくて、つい()()付けで呼んでしまった。カスミがそんな僕を見て吹き出していたので、思わず彼を睨んでしまったことは許してほしい。僕らのやり取りにトバリさんは目をぱちくりさせていたが、何も言わず真面目な顔になって僕の身の上の話を始めた。



「──だから少年はここで保護しておいた方がいい、そう判断したんだ」

 トバリさんがひとしきり僕について話すと、カスミは僕の叔父に対する怒りを顕にした。

「許せねぇ……!んなひでえことあっちゃならねえだろ!!」

 コハルは絶句しているようで言葉を失っている。

「……叔父は僕のことが気に入らなかったんだと思う。詳しいことは僕も分からないけど、僕の父は生きている時会社の社長だったんだ。父の会社は僕の祖父から受け継いだもので、叔父は社長である父を支える役職だったらしい。…叔父は立場にこだわる人で、父が社長の座を引き継いだことが許せなかったのかもしれない。父の子供である僕に恨みをぶつけていたのかもしれない」

 僕は心の奥底にしまっていた見解を彼らに吐露した。

「父は弟である叔父のことを『真面目でとても頼りになる』って褒めてた。機会があれば僕に会わせたいとも言ってた。……父さんは叔父のことを大切な弟だと思ってたのに、叔父は僕の両親の葬式にすら来なかった…!いくら恨みがあるからって、肉親をそんなぞんざいに扱うなんて信じられなかった。…っ僕は、僕を無感情で殴るあいつが嫌いで仕方ない…!優しかった僕の両親が死んで、あんな外道が生き残っていることが許せないんだ!!」

 僕の中で渦巻いていた憎しみが爆発する。突然大声を出して泣かれたら、彼らは困ってしまうだろう。それでも涙を止められなかった。僕の話を真剣に聞いてくれる人たちに甘えてしまっていた。

「シグレ少年」

 トバリさんが僕の肩に手を乗せた。彼女の体温を感じる。トバリさんはそのまま僕の背中をなぞり、優しくさすってくれた。

「辛いことを思い出させてしまってごめんね。それと、ボクたちに話してくれてありがとう」

 彼女に背中を撫でられるたび、荒れた心が凪に近づいていった。僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「ごめんなさい、急に取り乱して………僕は叔父のことが許せないけど、僕の両親を殺して、僕が地獄に送られる原因を作った大規模テロの犯行グループのことも許せない。僕は自分の意思でここに居たい。奴らを、燦然世代を根絶やしにする手伝いができるなら…!」

 僕の決意表明を聞いて、カスミは背後から僕の頭を撫で回した。撫でるというよりはかき混ぜるといった強さで。

「シグレ!お前はここにいるべきだ!俺らとお前は奴らに復讐を誓った者同士、ぜってえ最高のチームになれると確信したぜ!」

「わ、わわ…」

 頭が取れんばかりに揺さぶられる。今度こそ失神すると思ったところに、可憐な声が飛び込んできた。

「カスミの言う通りだよっ…!シグレ、あなたの背景を聞かせてくれてありがとう。私ね、人見知りが激しくて、あまりお友達がいなかったの………でも、あなたとなら仲良くできる気がする…!」

 コハルは手をきゅっと握って、小さくガッツポーズをしてみせた。その様子がとても可愛らしいと思った。

「そうだね。カスミの言う通りだ。ボクたちは最高のチームになれる。そして、ボクたちで5年の間続く悪夢を終わらせるんだ」

 そう言った直後、トバリさんは手を叩き僕らの注目を集めた。

「話を戻そう。これから今後の動きについて皆に伝える。まず明日、少年を正式にこの組織に入隊させるために本部に向かう。ボクとホムラが少年を連れて行く。カスミとコハルは各自与えられた任務に向かってくれ。なるべく早く済ませるよう努力する」

 トバリさんはそう言うと指をポキポキ鳴らした。まるで舌舐(したなめず)りでもしていそうな顔で。

「おいおい大丈夫か?シグレは人に見られたらまずいんだろ…?」

「そこはもちろん上手くやるさ。こんな事態なんだ。本部は迎えをよこすくらいしてくれるだろう」

 カスミは僕に近づいて「俺の覆面、1個貸してやろうか?」と聞いてきた。

(どうして覆面なんて持ってるんだろう…)

「少年が正式に入隊することが決まれば、彼の安全は確保される。そうなれば少年にも任務を与えなければならないが、彼は戦闘員にはなれないだろう。だからコハルのように覆面事務所での情報収集を主な任務にすることにしようか 」

「いいかい?少年」とトバリさんは僕に尋ねた。

「へ、も…もちろん…!」

 びっくりして声が裏返ってしまった。見ず知らずの人間を仲間に入れてくれるだけでありがたいのに、文句などあるわけがない。

「よし、では次に本部からの報告を共有する」

 トバリさんはテーブルの上でノートパソコンを開き、一通のメールを僕たちに見せた。メールの宛先が「一班の性悪班長」となっている。メールの本文もやたら口語が使われており、後半は仕事や上司に対する愚痴が内容のほとんどを占めていた。

(………?)

 僕は疑問に思ったが、他のみんなは意に介さずトバリさんの話を聞いていた。

(これが普通なのかな…?)

「このメールに添付された資料を見てくれ。最近、セレスチャルで未成年が行方不明となる事件が多発しているだろう?これは今月中に届けられた行方不明届の一覧だ」

「……多いな。20はある」

 ホムラがわずかに眉をひそめた。

「そしてこれが生体認識カメラに行方不明者が記録された最後の場所だ。これらにはある共通点がある」

 トバリさんはセレスチャルの地図資料を拡大して、それぞれのポイントを指でなぞった。

「今回の行方不明者は全員、規制線に最も近い生体認識カメラに映った後姿を消している」

 トバリさんがそう言った瞬間、みんなの顔つきが鋭くなった。

「…おかしいと思ったんだ。少年と出会った時、彼は悪魔祓いに襲われる寸前だった。ボクは今まで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 僕はトバリさんの話を聞いていると、心がざわざわした。他のみんなが深刻そうな面持ちをしていることも、体の中のざわめきを加速させる。誰も気が付かないうちに、都市が破滅に向かい進み始めたんじゃないかといった、そんな不安が心の中に渦巻いていく。異様に喉が渇き、体の中から何かが抜け落ちたような感覚が芽生えてきて…

「………!」

 突然部屋の中に「ぐ〜…」という気が抜ける音が響いた。僕のお腹の音だった。

「すすすすみませんっ…!」

 かなりの音量だったそれに、真面目に話し込んでいた彼らが一斉に僕を見る。僕は羞恥でおかしくなってしまいそうだった。

(たしかにこの3日間で口にしたのは、さっきのシュークリームだけだったけど、こんなに大きな音が鳴るなんて……!!)

「………っあはは!」

 トバリさんが今までに見たことがないほど大笑いしていた。僕はころころと笑う彼女も愛くるしいなと思った。

「はー…ごめんごめん。結構な音量だったから、面白くてつい笑ってしまった。…ふふ、カスミのいびきにも負けてなかったよ」

 トバリさんはまだ笑いの波が引けてないようで、肩を震わせながら僕にそう言った。

「おい!俺のいびきのデカさをイジる必要はなかっただろ!!つかなんで知ってんだ」

「夜の間に自室で作業をしていると、かすかに聞こえてくるのさ」

「嘘つけ!!俺とお前の部屋はいちばん遠い場所にあるだろうが!」

 僕のお腹が鳴ったことで、すっかり賑やかな雰囲気になってしまった。テーブルの上のノートパソコンは役目を失ったように放置されている。

「ふ、これは話の続きはできそうにないな」

 ホムラが愉快そうな声色でそう言った。一瞬彼が笑ったように聞こえたが、相変わらず彼の表情筋は沈黙していた。

「そうだね。今日は色々あったし、ボクもこれ以上任務の話をするのは気が乗らないな。それに少年もお腹が空いているようだし、今日はもうこの辺で仕事は終わりにしよう。この話はまた明日に。少年の入隊について話をつけてからの方が彼も身が引き締まると思うからね」

 トバリさんはそう言うと、画面が暗くなったノートパソコンを閉じた。僕を含めた他のメンバーが肩の力を抜いてリラックスし始める。

「そうだ、これだけは伝えさせてくれ」

 トバリさんは立ち上がり、僕たちの注目を集めた。彼女は大衆に演説をするかのような、大袈裟な口調で話し始める。

「ボクたち『R.W.M.U.』は市民の立ち入りが禁じられているセントラルエリアで、大いなる秘密と対峙し命を削ってきた。市民の前に再び奴らが現れる前に、奴らを根絶やしにし、セレスチャルに安寧を取り戻す…これがボクたちに与えられた使命だ」

 トバリさんは僕たち、一人一人と目を合わせながら語りかける。

「だが………5年だ。都市だけでなく、この国をも震撼させたあのテロから5年も経ったというのに、未だセレスチャルを蝕む脅威は排除できていない。奴らを殺し、時に仲間を失い、生命の色を失った都市の中心部を駆け回る。毎日似たことの繰り返しで、平穏を取り戻すにはあまりに牛歩な日々だった」

 トバリさんは力強く言葉を紡ぐ。

「だが、そんな日々も終わりを告げる時だ。報告にあった通り、今セントラルエリアで何かが変わろうとしている。きっとこれは分岐点だ。ここから行動を起こさなければ、奴らの息の根を止めるチャンスは二度と訪れなくなる。そんな予感がするんだ」

 ふと、僕の肩にトバリさんの手が置かれる。彼女は張り詰めるような声色から、まるで希望を見いだしたかのように明るい声で続けた。

「そして、変化はボクたちにも訪れている。…少年がこの組織に辿り着いたことは、ボクたちにとって大きな転機になるんじゃないかな。喉から手が出るほど欲しかった新しい隊員、彼はきっとボクたちを希望へ導いてくれる英雄様だ」

 ぽんぽんと僕の肩を叩き、トバリさんは手を高く掲げた。

「ボクはここに、奴らと決着をつけるための任務を開始すると宣言する!これ以上本部の大人の都合に従順でいては、都市の破滅を防ぐことは叶わなくなる。取り返しがつかなくなる前に、このチャンスに乗じて全てを終わらせるんだ。ボクは一班班長として、キミたちを任務遂行まで守り抜くとともに、平和を取り戻した都市でキミたちが穏やかに暮らせることを保証するとここに誓うよ」

 きっとこの場にいる全員が、彼女に魅了されていたと思う。彼女のカリスマ性は一線を画している。彼女の目を見ただけで、彼女に従うことに思考が囚われてしまう。僕はどこかで、同じような体験をした気がする。

「だから……だから、最後までこの未熟な班長(リーダー)についてきてくれるかい?ボク一人では、奴らに勝てない。キミたちにそばにいて欲しい」

 僕はトバリさんの切実で健気な願いに、絶対的な確信をもって頷いた。僕は彼女の願いを叶えるために生まれてきたのだと。僕はきっと生涯この瞬間のことを忘れないだろう。





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