11. 疑問
「ちょ、どういうことだよ!俺そんな話聞いてないんだけど!?」
明らかに困惑している少年にトバリさんは冷静かつ大胆に言い放った。
「あたりまえだろう。だってボクの独断でさっき決めたばかりなのだから」
(え)
「はあ!??」
僕に入隊を勧めたのは、彼女の独断だと初めて知った。少年も僕も同じくらい混乱しているようだ。
「な、な、なん…!?そ、そんなこと許されんのか…??」
「さあね、でもボクも気まぐれでそう判断したわけじゃない。少年がなぜセントラルエリアに侵入したのかを聞き、少年の姿がインターネットに拡散されている事実を考慮しての結果だ」
「キミも後で調べておくんだよ」とトバリさんは付け加えた。少年は未だ納得がいかないようだ。
「じゃあ、こいつの不法侵入の動機は何なんだよ」
「それは少年に直接聞いて。でも、彼にも話したくないことがあるかもしれないから、そこはちゃんと彼が嫌な思いをしないよう気配りをするんだよ。あとこいつじゃなくてシグレ少年。名前を知っているのに、それで呼ばないのは失礼だろう」
トバリさんはそこまで言うと、「じゃ、ボクはやることがあるから」と言って部屋を後にしてしまった。僕は見知らぬ少年と2人きりになってしまい、一気に緊張してしまった。
「くそっトバリのやつ………あ、あ〜…シグレ?だったか?俺はカスミ。日高霞だ。…よろしくな!」
カスミと名乗った少年は自己紹介した後、僕に握手を求めた。僕はびっくりして一瞬反応が遅れたものの、素直にそれに応じた。カスミは見た目通りの力の強さで僕の手を握った。よく見ると彼の手にはいくつも傷痕が残されていた。
「よ、よろしくお願いします…」
「んな固くなるなよ!シグレ、お前いくつだ?俺は17だけど」
「あ…僕も17歳」
「じゃあ遠慮はいらねーな!敬語もなくていいぜ。というか、ここには17の人間しか集まんねえのか?」
(そういえばトバリさんは17歳って言ってたっけ)
「そっか、トバリさんもホムラさんも同い年なんだ」
「おうよ。だからさん付けなんてする必要ねーよ」
「はい…あ、う、うん。でもなんか躊躇っちゃうな…」
「?何でだよ」
「え、えっと…ホムラ…はなんか大人びてるし、トバリさ…は僕の命の恩人だから」
そして、僕の使命を果たすための重要人物でもある。
「命の恩人?なに、お前セントラルエリアでぶっ倒れでもしたのか?」
「ええっと、実は悪魔祓いに遭遇しちゃって、そこをトバリ…に助けてもらって」
「え!?お前なんで悪魔祓い知ってんだ!??」
カスミは全身で驚きを表現するかのように、ソファからずり落ちた。僕はカスミの態度を少々大袈裟に感じたが、彼からしたら一般人が何故か国家機密を知っているという異常事態なのだろう。
「えっ!あ…と、トバリに色々教えて貰ってて」
「マジかよ、あいつもうシグレを逃がす気ねえじゃねーか」
カスミはわざとらしく咳払いをして、ソファに座り直した。
「あー…お前がどこまで知ってんのか知らねえけど、俺たちがどんな集団か聞いた上で入隊を決めたのか?聞いてないなら…そんな軽々しく入るとか言わない方がいいぞ」
カスミはちらちらと僕を見ながらそう言った。彼も言葉を選んでいるようだが、僕の心配をしてくれているのは間違いないだろう。僕はカスミは少し荒っぽいだけで悪い人じゃないと思う。
「大丈夫、ちゃんと聞いてるから。僕も大規模テロで死んだ両親の敵討ちがしたいんだ」
僕がそう言うとカスミはいきなり肩を組んできた。勢いよく首に腕が回され、潰れた蛙のような声が出てしまう。
「よっしゃ、なら俺もお前を歓迎するぜシグレ!俺もあのクソみてえな集団に家族を殺されたんだ。俺は絶対あいつらを全員殺して復讐してやるって、ここに入る時に誓った。俺もお前も共通の敵を持つ同士だ!」
「あ、ありがとう…」
僕はカスミに揺さぶられながら、辛うじてそう言った。そろそろ目が回って視界が暗くなり始めたと思ったら、部屋の扉が開かれる音がした。
「ただいま」
ホムラが帰ってきたようだ。ホムラの帰宅に気がついたのか、カスミはようやく僕を解放した。失神寸前だった僕は、全力疾走をした後のように呼吸をした。
「おけーり〜…悪かったな、代理頼んじまって」
「構わない」
カスミはホムラに近寄っていき、彼の周りをきょろきょろと眺めた。まるで何かを探しているようだ。
「…あ?なあホムラ、コハルは?」
「1階だ。事務所から持ち帰った書類を忘れない内にファイリングしたいのだと」
「真面目だな〜コハルは〜。んじゃ、俺も手伝ってくるとすっか。約束の時間に間に合わなかったことも謝んねーといけねえし」
「君はもう少し彼女を見習うべきだな」
「うるせー」と言いながらカスミは部屋を後にした。「コハル」という人名を口にした時の彼は…随分だらしない表情をしていた。簡単に言えばでれでれしていた。
(急にどうしたんだろう…)
部屋の中が僕とホムラだけになると彼は僕をじっと見つめ、再び「ただいま」と言った。
「!…お、おかえり」
返事をされたホムラは相変わらず無表情だが、これで間違ってなかったと思う。
(表情が乏しいけれど、冷たい人じゃない)
そうトバリさんに教えてもらって、僕はホムラに対する警戒を少しずつ緩めている。僕もできる限り、この組織の人たちと打ち解けられるよう努力しなければ。
「カスミと話していたのか」
「あ、うん…!僕を歓迎するって言ってくれた…。それとここにいる人は全員同い年だから、敬語とかもなしでいいって」
僕の話を聞くと、ホムラは僅かに目を大きく開いた。
「そう言えば俺はトバリに紹介されただけで、君にきちんと自己紹介していなかったな。改めて、俺は碓氷焔。話を聞く限り俺も君も17歳のようだな。これから長い付き合いになる、よければ親しくしてくれると嬉しい」
ホムラは僕に握手を求めた。彼は僕よりも体温が低く、握るというよりは包み込むような力加減で僕の手に触れた。
「シグレ、トバリはどこに?」
ホムラは荷解きをしながら部屋を見渡した。そういえば、トバリさんが部屋を出ていってからかなりの時間が経っている。しかし、彼女は戻ってこない。
「えっと、やることがあるみたいで部屋から出ていったけど…まだ帰ってきてないよ」
「ありがとう。おそらく彼女の自室にいると思う。そろそろ呼んできた方が良さそうだ」
ホムラは再び部屋を出ようとする。僕は彼に聞きたいことがあったため、彼を呼び止めた。
「あ、あの!ホムラ…はどこに行っていたの?それとコハルって人は…?」
「コハルは俺たちと同じ、この組織に所属する仲間だ。彼女は規制線の外にある、九命猫の覆面事務所で仕事をしている。いつもはカスミが彼女を迎えに行き、共にここに帰ってくるが、今日はカスミの任務が長引いたようで約束の時間に間に合わないという旨の電話がきた。だから代わりに彼女を迎えに行っていたんだ」
ホムラは床を指し、「コハルはカスミと下の階にいる」と教えてくれた。
「これで一班の人間は全て揃った。君がここに入隊することも全員で共有した方がいいだろう。今からこの部屋に彼らを呼んでくるから、少し待っていてくれ」
ホムラは今度こそ部屋を出ていこうとする。僕は慌てて彼を呼んだ。
「ま、待って!もう一つ聞きたいことがあって……」
ホムラは表情を変えず、こちらを振り向いた。
「さっき聞いたんだけど、僕が皆と同じ組織に入ることはトバリ…が独断で決めたって…。カスミは僕を受け入れてくれたけど、ホムラは?僕が入ることに納得していないんじゃないかなって…気になってて…」
ごにょごにょと喋る僕に、ホムラは首を横に振った。
「トバリが君を組織に引き入れると聞いた時は、確かに驚いた。だが、彼女の意図は君を守ることであるし、俺も君を虐待の現場に送り返すことはしたくなかった。よってシグレがここに入ることに異論は無い。それに……俺は基本班長が決めたことに反対する気はないからな。彼女は常に正しいと、俺は思っている」
そう言うとホムラは部屋を出て行った。トバリさんについて語る彼は、少し笑っているように見えた。
○
『……今日の午前11時頃、セントラルエリアに侵入した者はまだ見つからないのか?』
電話越しに無機質な男の声が聞こえる。感情が欠落したその声は、過度な労働による疲労が原因だと話し相手の少女は知っている。
「キミの方から電話を寄越すなんて珍しいと思ったけど、そういえば連絡するのを忘れていたっけ。安心してくれ!少年はボクがしっかり保護しているよ」
少女が明るい声で応じるのに対し、男の声は険しさを増していった。
『何が忘れただ…!お前がそんなヘマするわけがないだろう。もう17時だ!何故そいつを送ってこない?!今度は何を企んでいるんだ!』
「随分信頼されているみたいだ。まあ聞いてくれ。少年は……ボクたちがしばらく預かることにする」
少女がそこまで言うと、音割れする程の勢いで男が怒鳴った。
『何?!どういう意味だ!!』
「っ、そのままの意味だよ。声が大きいなあ。今は時間を設けている訳じゃないし、詳しいことは直接話すけど、簡単に言えば彼を元いた場所へ帰すことが難しいと判断したんだ」
『……何故それがお前らのところにそいつを置いておく理由になる。こちらに引き渡せば処置した後適当な施設に送ることだって可能だが』
「キミはとある英雄がインターネットを騒がせていることをご存知かな?セントラルエリアに大勢の前で飛び込んで行った少年が話題になっている。彼についての投稿がされ始めたのが午前11時を僅かに過ぎた頃……もう分かるね?」
男は『でたらめを…』など言いながら、インターネットを閲覧しているようだ。少女の耳にキーボードを叩く音が聞こえる。数十秒たったところで、男の深いため息が聞こえた。
「ねっ。こんな状況で少年を市民の目に触れされることは危険だろう?セントラルエリアに確かに足を踏み入れた少年が、何故か記憶を失って帰ってきた…なんてエンタメに飢えた市民たちを引き寄せてしまうかもしれない。彼らの興味の追求は恐ろしい。もしかしたら、少年の身にどんな処置がされたのか、その背後にどんな組織が関わっているのか…全て明るみになってしまうかもね」
少女は男に見えないことをいいことに、にやにやと笑っている。電話の向こうで男が苦しそうに唸っているのが聞こえていた。
『…………何故上はこんな一大事報告してくれなかったんだ………!』
「相変わらず上の人間はテロ関連の仕事をキミ達に押し付けているようだね。心中お察しするよ。これ以上キミの胃痛が悪化しないよう、ボクが上に掛け合ってみようか?」
『俺のストレスは大半お前らが原因だ…!!とにかく、明日本部に来い!保護対象も連れてくるんだ。絶対そいつを人目に晒すなよ!!わかったな!??』
男はそう捲したてると、電話をぶちりと切った。
「心外だなあ」
少女が一人そう呟くと、部屋の扉を誰かがノックする音が聞こえた。
「…トバリ、居るか?もう全員帰宅している」
少女が扉を開けると、顔から感情が欠落したような少年が立っていた。少女は少年を見て穏やかに笑った。
「おかえり、ホムラ。すぐに行くよ」
二人は廊下を歩きながら会話をしている。
「電話をしていたのか」
「うん。明日、少年を本部に連れていくよ」
「もうそこまで話をつけたのか」
「人事部長さんはインターネットに少年の姿が流出していることを知らなかったみたいだ。ふふ、可哀想に。また上に蔑ろにされて……ま、だから少年が正式にここに入るとは思っていないみたいだね。しばらく預かるという言い方をしてしまったし。明日どうにかして少年をこの班に入隊させるよう脅…説得させてみせるよ」
少女が階段を下ろうとしたとき、隣を歩いていた少年が足を止めた。
「…どうかしたかい?」
少年は自分より数段下にいる彼女を見下ろしながら、しばらく黙っていた。
「少年がここに入ること、君は嫌だった?」
少女がそう尋ねると、少年は首を横に振った。
「いや……ただ、疑問があるだけだ」
少女はにこりと笑って「言ってみて」と言う。
「俺はインターネットの盛り上がりが落ち着くまで、シグレを匿う形でいいと思った。ネットユーザーは新しい話題を見つけたらすぐそちらに興味を向ける。だから長くてもひと月、シグレを人目に晒さなければ彼をこんな危険な組織に入れなくて済むと考えたんだが」
少女は黙って少年の話を聞いている。
「それと、シグレは君とどういった関係なんだ?彼は『君に会うためにセントラルエリアに足を踏み入れた』と言っていた。だが、君と彼は以前から知り合いという雰囲気でもなかった。シグレは何か隠しているのではないか?」
そこまで言うと少女が少年の唇に人差し指を添えた。そして柔らかく慈愛に満ちた笑顔を見せた。
「ふふ、キミは本当に優しいね。まさしく郊外で生きている家族に、自分の生死を捏造してまで友人を弔おうとするキミらしい考えだ」
少女は階段を一段上って、少年の耳に顔を寄せるように近づいた。
「少年はね、ここに必要なんだ。だから絶対逃がす訳にはいかない」
少女は一変して毒をもったような笑みを浮かべた。少年は自分の額に汗が伝うのを感じた。
「…っ何故シグレが必要なのか聞いても?」
「構わないけど、きっと君の理解が及ばないんじゃないかな。だって、一言で言えば……ボクの勘なのだから」
少年は負けじと続ける。
「いつかの時のように、シグレが敵と繋がっている可能性はないのか?」
「ないね。だって、ボクの勘がそう言っている。わざわざ危険を冒してここまでやってきてくれたんだ。きっと彼はボクらの助けになってくれると確信しているよ」
少年は口ごもった後、諦めたようにため息をついた。
「君の勘はよくあたる。信用に値するくらいに」
「さすがはボクの優秀な部下だ」
少女はケロッと表情を変えて、明るく笑って見せた。
「頼りにしているよ。ボクたちはそろそろ戦いに終止符を打たなければならない」
少女は話し声が聞こえる部屋の扉の前で、少年を振り返った。
「セレスチャルの長い長い夜を終わらせる、そのために使えるものはなんでも利用しないと」
少年は少女の不敵な笑みに、いつだって心を奪われてしまうのだった。




