学んだ猫
今回の話で一旦の区切りです
(※完結ではないです)
死ねポチ(代表作)の息抜きに書いてたのに不遇境遇幼な子概念が好きすぎて結局息抜きになってなかったのでこれ以降からは肩の力抜きまくったノリにしようと思います
目の前に転がるのは“それ”が幾度となく生み出してきた何かに酷く似ている
その何か達と違うのはまだ息のあるそれが痛みに悶えうごめきながらこちらに向かって何かを吠えている事だ
息が荒くて苦しい、心臓がバクバクと早鐘を打つ、何を思考すれば良いのかがまとまらない見つけられない…
「タマッ!!」
びくりと体が跳ねる、聞き慣れたアンドリューの声とたくさんの足音と振動…みんなが近づいてくる
ふと視界の中に自分の手が映る、血に濡れた爪、青黒く腫れ上がる拳…動揺して揺れる視界の中へ今度はじわりじわりと“それ”の胸からは血が滲み続けているのが映る
「ッ!確保だ!各員警戒は解かず、されど可能な限り攻撃は控えろ!」
アンドリューの声がハッキリと聞き取れるようで遥か遠い…“それ”の視界がぐしゃりと水面に歪んで途端に何も映らなくなる
泣いていると自覚するよりも早く足が動いた、薄汚れたスラムの奥へ奥へ…アンドリューから逃げるために
「おい待て!タマッ!?」
「殿下、ここは私が!」
逃げる“それ”を追いかけてくるのはモーナだ
…あぁかなしい、多分もうマタタビはもらえない
走ってくるモーナは“それ”と違って無駄がなく速い、あっという間に詰められる距離を強引に開くために“それ”は脚に力を込め…真横へ跳んだ
「なッ?!」
ガシャン!とけたたましい音を立てて窓ガラスを突き破る、体に無数のガラス片が突き刺さるが気にしている余裕は無い
ゴロゴロと屋内を転がり拳を握り込む、爪に滲んでいた血がぐちゃりと嫌な音と感触を返してくるが構わず手頃な木製ドアを叩き壊す、小柄と言えど“それ”は獣人にして合成魔物、この程度の物は手加減をやめれば簡単に壊せる
「タマぁーーーッ!!」
すぐ後ろからモーナが“それ”を呼ぶ声が聞こえる、窓はガラスと木材だが壁は石なのだからモーナの力では壊せないのは分かっている
声を無視して壊したドアから外へと逃げ出すと同時に雑にレンガや石材を積み上げ繋げただけのでこぼこな壁を駆け上がり屋根の上へと躍り出る…それと同時に水の魔法が背を濡らした
「……ぅれたす」
「クレタス、ですよ…タマ!」
非殺傷の攻撃として最適なのが水魔法なのは過去の“おつかい”と“パパ”達が教えてくれた。だから魔法の上手なクレタスのそれがこちらを傷つけないためにそれを使ったのは理解できる…結局はただびしょびしょになっただけだ
だがただ濡れただけでも警戒をしなくても良い理由にはならない、何故なら“パパ”達はここからアレを使うから
「【スタンサンダー】っ!」
「やっぱり…」
飛び込むように転がってその場を離れる、濡れた体には電気がよく流れるし、電気を流されると内側が焼けたり身体がヘンテコに動いて止められない…“パパ”達に構ってもらっていた時にはなかなか喜んでもらえたが今は受ける必要が無い
追いかけてくる電気の気配を感覚だけで避けながら出来るだけ埃を被る、追加で水魔法が飛んでくるが不意打ちじゃなければ当たるような物じゃない
“それ”が糸も利用して急加速してやればあっという間にクレタスの攻撃範囲からも足で追いつける距離からも抜けられた
「オラァァァっ!!」
「っ!?」
安堵しながら建物の屋根から屋根へと飛んだ瞬間、下から吹き上げてきた強風によって空に打ち上げられる…だがこの程度ならば問題はない
くるくると回る視界の向こうに目的の屋根を見つけて糸を伸ばす…しかしその糸の前方へタイミングよく木製の鍋の蓋が飛んできて糸が着弾、仕方なく糸を切って元の屋根に着地した瞬間
『そぉーーれぇっ!』
複数人の声が聞こえて頭がガボッ!と麻袋に飲み込まれてしまう、驚きもがくが中に充満した匂いを嗅いだ瞬間くにゃりと体に力が入らなくなってその場に崩れ落ちた
「効くでしょ、あーしの『ウェポンマスター』で強化された麻袋とマタタビのコンボ攻撃」
「んにゃぁぁあ〜…!」
「鳴いても無駄、今度こそ大人しくしてもらう」
麻袋の向こうからバナンの声が聞こえる、かなり怒った声をしていてタマは必死に体を起こそうとするが足でお腹をぐっと抑えられて動けない
「何やってんスか姐さん、そういう趣味っスか?」
「んなわけ無いでしょ!!ほらさっさと縛って治療班呼んで、あーしの管轄じゃないんだから“蜘蛛猫”は」
「うーっす」
フランクな会話を交わすバナンとその直属の部下たち、彼らは元は街で小さな悪事を働いた者たちの集まりだ
バナンを隊長とした五番隊は王宮騎士団の中でも1番所属人数が多く、この五番隊で更生した団員が他の隊に移籍したり王宮騎士団以外の道へ進むことも多々ある特殊な部隊。彼らはバナンを中心に連携を取り、個人ではなく全体で戦う集団だ
「『ウェポンマスター』で強化した自動扇風魔道器で空に打ち上げ、強化した鍋の蓋で“蜘蛛猫”の糸による移動を潰し、最後は俺らが持ってる強化マタタビ入りの強化麻袋で酔わせて捕縛…姐さんのがよっぽど子悪党に向いてるぜ」
「間違いねえや、ヘヘヘッ」
「…マタタビの代わりに強化濃硫酸にしたパターンをあんたらの頭で試してもいいんだからね」
「「すんませんしたぁ!!!」」
テキパキと縛り上げられタマが回収されていくのを見送りながらバナンは大きくため息をつく…それ見たことか、やはり善悪の区別なんて付いていないバケモノじゃないか。と
そんな風に呆れと失望の感情でいっぱいのバナンのところにタッディアが走ってきた。ちょうど良い、一応は乗りかかった船なんだからあいつの処遇くらいは最後に聞いておこうとバナンはタッディアに声をかける
「アイツはどうなるんスか、やっぱり“蜘蛛猫”として再び拘束されるんスよね?」
「え?いや全然?むしろお手柄だぞタマは」
「…………は?」
連行されているのがタマだと気づいたタッディアは唖然とするバナンを放置してタマに駆け寄って行った、当然五番隊の隊員も訳がわからずバナンに困惑の視線を送って来たがバナンも今まさに困惑しているのだ
今度はバナンが駆け寄る番だ、民間人を襲っておいてお咎めなしどころかお手柄だなんて身内贔屓にしたって無茶苦茶が過ぎる
「た、タッディアさん!今のってどういう意味っスか!?」
「今のってどこの部分だ?」
「全部っスよ!そいつ民間人襲って逃走したんスよ?!」
「あぁそこな?まずアレは民間人じゃなかった」
「えっ…?」
「アイツがゲドゥー一派の人間だとここの住民から何個も証言があって話に矛盾もない、確証は無いが聴取すればそのうち吐くだろうし、そもそもここでも随分と暴れ回っていたらしいからな
つまりタマは治安維持に貢献したってわけだ」
どうやらあの男はスラムでも暴力や盗みを平気で行う根っからのゲドゥー一派だったようだ、タマの身柄は目的こそ保護と教育に重きが置かれているが一応王宮騎士団に仮所属扱いになっている
よって仮所属の団員がたまたま暴漢を倒して捕縛した…ということに書類上出来てしまう
「で、でも!アイツ手に血がついていますよ!過剰な攻撃は処罰対象じゃ…」
「そこは正直微妙だな、上の…というか殿下の判断を仰ぐしかない」
そう言いながらタッディアはタマの頭を麻袋から解放してぺちっぺちっと頬を叩いている、やがてタマはマタタビの酔いから少しだけ醒めてきたのかボーッとした顔をしながらも「たっでぁ〜???」と夢見心地な顔のまま声を発した
「ほーらタマ〜たっでぁだぞ〜」
「タッディアさん!!」
「…いやまぁね、マズイ部分はあるよ正直」
「ほ、ほら!!」
「流石に暴漢といえどキ◯タマ潰したのはヤバい。」
「キっ?!?!」
「そう、暴漢はキン◯マに強い殴打を受け2つの意味で再起不能に陥っている。過剰攻撃とも取れるが流石にキンタ◯を潰した前例が無いからな…男としては◯ンタマへの攻撃はとんでもない事なんだが公的に考えた場合はギリ分からん」
「せめて睾丸って言ってくださいっス!!」
「手の血については本人の血だろう、ほら胸に引っ掻き傷と血が付いてる、爪の間隔とも一致してるしな」
そう言って頭にまだマタタビ袋を被せられたままのタマの胸に本人の指の爪を触れない距離で合わせる、傷の間隔が一致した
だとしたら何故と言わざるを得ない、たまたまゲドゥー一派の残党と出会い本性を現した…のだとしても仲間に当たる一派の男のキン……急所を攻撃する意味がない
胸の傷も不可解で…というか“蜘蛛猫”の逃走自体が謎だ
「く、“蜘蛛猫”の行動が不可解すぎるっス!」
「そこはほら、なんかイライラしたかムカムカしたかどっちかじゃないか?
まぁどっちにしろ本人に聞いてみるといいさ、タマ〜?なんであの男のキ◯タマ潰したんだ〜?」
「ム…イ……ムラムラしたぁ〜…」
「キン◯マ潰してムラムラしたは流石に夜の店の中でもだいぶ夜更け側だな…」
「ふざけないでくださいっス!!」
ふざけたやりとりをするタッディアの脛をスコーン!とバナンが蹴る、短い悲鳴をあげたタッディアが蹲ると…その向こうからクレタスがやっと追いついてきたのが見えて、バナンは密かにホッとする
流石にクレタスが来ればこのふざけた空気感も引き締まって……
「タマ!睾丸を潰すのはいけません!」
「あんたまでキ◯タマの話すなぁぁ!」
「い゙っ゙たい゙!何故脛ぇッ!?」
口調が崩れるほどの激痛にクレタスは脛を抱えて転げ回る、それを見てマタタビに酔っ払ったままのタマがきゃっきゃと笑い、脛の痛みから復帰したタッディアもクレタスを指さしゲラゲラ笑うがバナンにさっきとは逆サイドの脛を蹴られて同じようにクレタスの隣で転げ回ることになる
そんな四人のところへ一応被害者であるゲドゥー一派だった男への聴取を終えたモーナがやってくる
「聴取が終わりました。彼はタマに王宮騎士団の暗殺を持ちかけたようです、完全なる黒ですね」
「……聴取したんスよね?よく吐いたっスね、そんなの…」
「えぇ、丁寧に尋問しましたから……それよりタマ」
「んぇー?」
痛みに転げ回るのをやめて耐えるように脛を押さえて震えるタッディアとクレタスを見ていたタマにモーナが近づく、それを見てバナンは少し安堵する
モーナなら流石にタマを叱責するくらいの事はしてくれるだろう……
「良くやりました、教えた通りの見事な睾丸破壊でしたよ」
「やったぁ〜!」
「アンタが教えたんかいっ!!!」
バナンのツッコミにモーナは自信に満ちた顔で「えぇ!」と答えた
「タマにはどうしようもなく嫌な事をやって欲しいと頼まれたら相手の股間を攻撃して逃走しなさいと教えました…!
その結果我々から逃走するとは思いませんでしたが…」
「おこられる、おもってぇ〜…」
「いえ、見事な惨状でしたよ。あれは暴力ではなく自衛なので怒らないと教えたでしょう?何も怖がる必要はありませんでしたよ?」
「でも…あたまモヤモヤしてぇ…」
「なるほど少しだけ“蜘蛛猫”としての本能が強く出て、その感覚に拒否感を抱いてくれたのですね…よしよし…」
「理解者が過ぎないっスかモーナさん」
「殿下の側近として訓練を受けていますから」
キリッとした顔でボケ倒してくるモーナにバナンは困惑するしかない、いつからこんな親バカみたいになったんだろうこのクール美人。
その時遠くからアンドリューがおーい!と走ってきた、もう正直バナンはこの流れ的にこの後どうなるかを察した
「タマが俺らの暗殺を持ちかけられたのが嫌で仕方なくてキ◯タマを潰すくらい良い子になったけど“蜘蛛猫”としての感覚を思い出してしまった葛藤から俺らに怒られると勘違いして逃げてきた結果バナンに捕まったところまでは把握してるんだがどうなった!」
「頭からここまでの流れほぼ全て説明したっスそれで」
1番キショかった。キッショなんでわかるんだよと言いたい気持ちをバナンはグッと堪える、流石に第一王子相手にそれはまずい。
何より今は考えたい事が多すぎる…タマという存在についてだ。
バナンとしてはタマの無知を…常識の欠けた行動や無垢故の罪に対する意識の軽さが許せなかった。いつかはまた“蜘蛛猫”として暴れるか、それか悪意によって引き戻されてしまうのがオチだと…だが今回のこの馬鹿馬鹿しい事件で謀らずもその懸念が色々と解消されてしまった
無知だったタマは暗殺を持ちかけられても拒絶するというモラルを持った選択をして、無垢故に軽かった罪の意識は曖昧な感覚ながらも自傷行為を行うほどに成長、“蜘蛛猫”だった頃の仲間に声をかけられてもアンドリュー達に危害を加える選択を拒絶して引き戻されるどころかモーナの教え通り男を再起不能にした
「………。」
何か言いたげなバナンを見たアンドリューは小さく笑う、やはり賭けは彼の勝利になるだろう
「バナン、タマの教育係をお前に任せたい」
「っ?!な、なんスかそれ!?あーしは前回“蜘蛛猫”に関する任務を任されるには…」
「タマはまだキャンバスの端の端にしか線の無いまっさらに近い存在だ、そんなタマに最も普遍的な感性を描いてやれるのはバナンであると俺は思っている
極端に悪を憎むような正義でもなく、時として悪も懐へ飲み込む覚悟でもなく、ただ街で暮らす誰かの心に寄り添えるそんな“普通の子供”にタマを教育してやってはくれないか?」
「そんな…あーしにそんな重要そうなのは…」
「なにも一任するわけじゃない、強いて言うなら『タマ教育係の隊長』になってもらいたいわけだ。キミの教育を軸として王宮騎士団全員でタマを教育する」
タマの危険性を誰よりも懸念していたのはバナンだ、しかし今回それが解消されてタマ本人から成長の可能性を示された…バナンの中でタマが“なぜか皆が甘やかす危険な爆弾”から“危険だが教育すれば学ぶ素養はある幼子”に変わってしまったのだ
このタマ本人の成長とバナンの中にある認識の変化を認めずタマを“蜘蛛猫”として拒絶するのは、誰にでも更生する機会があるべきだとアンドリューに許可を得て逮捕した荒くれ者の一部を五番隊に所属させているバナンのポリシーと矛盾してしまう
長い葛藤の末…バナンは大きく息を吐いて仕方がないと言いたげに肩を落とした
「受けるっス、その話…」
「では改めてよろしく頼むぞ、バナン」
こうして王宮騎士団に存在する二から五番までの隊を巡ってきたタマは正式に王宮騎士団への所属が決まり、アンドリューの指揮する一番隊に所属しながらも各隊との連携を主とした遊撃の枠へと落ち着き、そして教育係として五番隊隊長のバナンが任命された




