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旦那様の愛を確かめる作戦、その②-2

お待たせしました。ゆっくり気ままに更新中です。

 我が家の食堂は他の貴族の方々が過ごすものとは異なり、とてもこぢんまりとしている。

 十歩ほどあるけば端から端までたどり着くような小さなの食堂には、シックな茶色の一枚板のテーブルが置かれている。

 決して豪華ではないけれど、旦那様らしい気品さを感じる空間。この家に嫁いできてから、それなりに好きな場所だったりする。

 旦那様が私を連れて行ったのは、その奥の空間――調理スペース。

 そこには氷と木箱を組み合わせて作られた食品冷蔵箱があり、お菓子や野菜の一部などをここにいれておくことがある。


「…………これを」


 旦那様は私をその食品冷蔵箱の蓋を開け、中を見せてくれた。


「わぁ! これって……」


 そこにあったのは、ほんのりと黄みを帯びたクリームの上に艶やかに煌めくフルーツが載せられた、フルーツチーズケーキ。しかも、ワンホールの大きなサイズだ。

 チーズの香りとその中に微かに漂うジャムの香りが鼻腔をくすぐり、なんだかお腹が減ってきそうだ。


「あなたのために」

「旦那様……」


 旦那様はいつもの無表情のまま、食品冷蔵箱の中からケーキを取り出す。


「ちょうど昨日、旦那様が朝番のお仕事にお出かけになったときに、買ってこられたのですよ」

「そ、そうなのですか……?」


 後方で、ジェイクが皿やカトラリーを用意しながら、そう補足してくれる。

 旦那様は私をじっと見つめて、こくりと一度だけ頷いた。さらりとした金髪がかすかに動く。

 もしかして私のために……そう考えると、嬉しすぎて口角があがってしまう。

 そうして私は、旦那様と一緒にこのフルーツチーズケーキを美味しく食べた。

 相変わらず旦那様は無表情で寡黙なままだったけれど、私が味の感想を言えば食べる手を止め、こちらを見てくれる。

 それがなんだか嬉しくて、いつもよりも時間をかけておやつの時間を終えたのだった。


 さすがに二人でワンホールは食べられないので、四分の一ほどを食べ終えた残りは使用人のみんな用として、私は家のお庭へと出た。

 旦那様は食後の鍛錬なのか、今は剣の素振りをしている。私はそれを見ながら、ジェイクが用意してくれた紅茶を飲み、思考にふけっていた。


(もしかしたら旦那様は、私のことをそう悪く思っているわけではないのかもしれない)


 だって、私がわがままを言っても許してくれたし、私のため――かどうかはわからずじまいではあるが――ケーキを買ってきてくれた。

 少なくとも私のことを悪く思っているのなら、やらない行動だろう。


(『旦那様の愛を確かめる作戦』は、もう終わりでいいかな)


 私は一息ついてから、昨夜のリズとの会話を思い出す。

 …………あれ? そもそも、作戦その2は決行すらしていないのでは?

 リズはたしかこう言っていた。

 会話をしないで理想だけを追い求めて付き合ってしまったら、その関係はいずれ破綻してしまうのだ、と。

 そもそも今日の目的は、下町のお菓子屋でお菓子を買うまでの待ち時間で、旦那様と会話をすることだった。

 それがどうだ、旦那様のおかげもあってお菓子を食べることはできたが、結局会話は二往復くらいしかできていない。


「いけないわ……これがリズの言っていた『会話をしないで理想だけを追い求める』というやつなのかしら」


 思わず口から出てしまう。

 リズはさらにこう言っていた。


 ――愛を確かめるのには、会話が必要なんです。


 そもそもあのケーキは私のために買ってきてくれたというよりは、もしかしたら使用人たちのために買ってきたのかもしれない。

 もしかして、私はそれを、奪ってしまったということ……!?

 ただ旦那様はわがままを言っている私のご機嫌取りとして、そのケーキを食べさせてくれたのかもしれない……


「このまま終わりじゃ……やっぱりダメだわ!」

「どうかしたか?」


 大声を出したせいか、素振りをしていた旦那様がこちらに近づいてきた。額に汗を滲ませてはいるが、それ以外はいつもの旦那様と変わっていない。

 私は淑女らしからぬ行動ではないと考えつつも勢いよく立ち上がり、旦那様のもとへ近づく。ぴくりと肩を震わせて一歩下がる彼の前に立つと、じっと彼の顔を見上げた。


「旦那様、お出かけをいたしましょう」

「…………」

「私、馬車で海を見に行きたいんですの」


 なんだか少し強気な口調になってしまったのを後悔しつつも、譲れないのでそのまま旦那様の目を見つめた。

 旦那様は無表情のまま数秒ほど黙ると、こくりと頷く。そしてジェイクに目配せをすると、再び私の手を握り、屋敷の中へエスコートしてくれた。

 普段は旦那様が何を考えているのか、どう感じているのかわからない私だけれど、その時の旦那様の感情はわかった。

 微かに目を瞠って、驚いていた。

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