旦那様の愛を確かめる作戦、その①-2
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再び記憶を漁ってみるけれど、旦那様が嬉しそうにしていた記憶はない。
「そんなに嬉しそうかしら?」
「えぇ、とても」
「……そう」
疑念を込めつつ聞いてみるが、トルネオ様はにっこりと笑みを浮かべ、当たり前であるかのように頷く。
「でもお恥ずかしながら、団長の感情の変化がわかったのは、ここ数年の話です。それまでは『なんだこの仏頂面の若造は』と思っておりましたよ」
彼は眉尻を下げて、肩を竦める。
役職こそ旦那様のほうが上だが、実際の年齢はトルネオ様のほうが五つほど上。年下の上司ができたと思ったら、その人が無表情すぎてやりづらかった……というのは容易に想像できる。
現に、家にいるときの私がそうだから。
「騎士団に入ってからですからもう十五年ほどですから、団長とご一緒してからはおよそ十年。ここまでしてやっとわかるくらいですから、団長の感情をわかる人は少ないのかもしれないですね」
「そうかもしれないわ……私は結婚してから二年だけど、まだわからないから」
トルネオ様と話している間に魔物との戦闘は終わったようで、旦那様や団員の方々が魔物の屍に集まって処理をしている。
魔物をそのまま放置すると屍の臭いでさらに魔物が惹きつけられるようで、なるべく素早く処理しないといけないんだとか。
さらに、魔物の臓物はとても貴重な薬の材料になるらしく、これで騎士団の活動費の不足分を補っている……とも説明を受けた。
「でも、おそらく奥様は、俺ら団員よりもかなり早くわかるようになります」
「……どうしてそう思うの?」
私が片眉を上げながらトルネオ様を見ると、彼は変わらない笑顔で歯を見せた。まるで何かを確信しているようだった。
「奥様がいらっしゃると、団長の表情は普段の三倍くらいになるようなので。現に今日も、だいぶゆるゆるです」
「ゆるゆる……?」
魔物の処理を終わらせてこちらへ戻ってくる団員一行。その一番後ろを歩く旦那様は、とくに誰とも健闘を称え合うことなくこちらを見ている。
私はそんな旦那様の表情をじっと見つめて――
いや、わからないわよ。
私からしたら普段ととくに変わらない無表情のままだわ。切れ長の目はこちらを向いて、口角は上がっても下がってもいない。
相変わらず見目麗しいとは思うが、表情がゆるゆるかと言われると……わからない。
「まぁそんなに簡単にわかってしまったら、俺らの苦労も報われないですから。しっかりと精進するとよいかと思いますよ、ガッハッハ!」
「……いい性格してるじゃない」
声を上げて笑うトルネオ様を、誰からも見えないように軽く睨みつけた私は、すぐに視線を旦那様に戻すと、軽く手を振った。
なお、とくに旦那様からの返答はなかった。
王都周辺から詰所に戻る道中、私は旦那様の隣に立って歩いていた。
私が歩くのが遅いのか、他の団員たちはだいぶ先のほうにいる。ただ旦那様もとくに急かしてこないので、申し訳ないけれどもう少しこの速さでいよう。
「あの……魔物の討伐、おつかれさまでした」
「…………」
二人きりとはいえさすがに沈黙のままというのはなんだか居心地が悪くて、私は労いの言葉をかける。
しかし旦那様は黙ったまま、こくりと微かに頷いただけだった。
会話が続かない。
助けて、トルネオ様……!
私ははるか前方で団員たちの先導をするトルネオ様に念を送るが、非情にも返答はない。仕方ないので旦那様に視線を戻すと、旦那様はじっと私を見つめていた。
しかし
…………何かしら。
私の顔に何かゴミとか汚れとかついているのかしら。
意図がわからずそのままじっと見つめ返していると、旦那様が微かに目を細めた……気がした。いや、気のせいかもしれない。
とそのとき、旦那様の頬に汚れがついているのに気がついた。赤黒い色から察するに、先ほど討伐していた魔物の血だろうか。
「あの……」
「……っ!」
意を決して、持ち歩いていたハンカチで頬を拭こうと手を伸ばすと、旦那様はそっと一歩下がった。
衝撃を受ける。
トルネオ様の言葉を聞いて、少なくとも私は旦那様に嫌われてはいなそう……と思っていたが、どうやらその認識は違ったかもしれない。
やっぱり私、旦那様に嫌われていた……?
そう思うと少しだけ心がズキンとして、伸ばそうとしたハンカチを持つ手を下ろした。旦那様は先ほどから無表情のまま、私を見つめている。
なんだか、気まずい。
私が勘違いしていたこともそうだし、その勘違いがゆえに変な行動をしていたことも。
「おーい、団長~!!」
遠くからトルネオ様の声が聞こえる。そちらを見やると、ぶんぶんと手を元気に振る彼の姿があった。
気まずい雰囲気を打ち消してくれて、助かった……!
私と旦那様が一緒に彼のほうへ視線を向けると、遠くのトルネオ様は口に両手を当てて、再び大声を出した。
「汚れちゃうから近づかないように、ってちゃんと言わないと、奥様勘違いしちゃいますからね~!」
「…………」
「……え?」
「それじゃあお邪魔虫は、このくらいで~! そろそろ日もだいぶ落ちてきたんで、ちょっと歩きを早めてくださいね~」
言うだけ言って、トルネオ様は踵を返してしまった。
残るは呆然とする私と、いつも通りの旦那様。
服に視線を下ろすと、たしかに黒い騎士団服にはほこりや塵であったり、体液や血だったりがついている。旦那様に怪我は見られないから、おそらく魔物のもの。
ちょうど先ほど私が手を伸ばそうとしたときにドレスが当たる場所が、他の場所より汚れが強いようだ。
それに気づくなり、先ほどまでズキンとしていた心が、なぜだか温かくなる。
嫌われていたと思っていたけれど、もしかしてそういうわけではない……?
「旦那様……もしかしてその、私が汚れないよう、気にかてくれたのですか……?」
旦那様の真意を確認するために、私は彼を見上げながら首を傾げる。
旦那様は何も言わない。じっとこちらを見つめているだけだ。
……でもじっとよく見ると、微かに頬が赤い……ような気がした。
◇




