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旦那様の愛を確かめる作戦、その①-1

ゆっくりのんびり書いております。

 いつものように、旦那様はダイニングのソファで難しそうな専門書を読んでいる。

 そしていつのものように同じ部屋で編み物をしていた私は、立ち上がり、旦那様の目の前まで向かった。

 専門書から視線を外し、旦那様は無表情のまま私を見上げる。

 ぐっと旦那様には見えない位置で拳を握り、私は言葉を紡いだ。


「旦那様がお仕事をされているところが見たいのですが……」


 段々と自信がなくなってきてしまって言葉尻が弱くなってしまったけれど、旦那様の目をじっと見つめ返答を待つ。

 旦那様は少しの間、本を持ったまま私をじっと見つめていたが、やがてテーブルに本を置くと立ち上がった。そして微かにこくりと頷くと、自室に戻っていった。


「…………あれ?」


 これがリズと考えた、旦那様の愛を確かめる作戦、その1。

 そして、予想していなかった返答だったのを、遅れて理解した。


「…………見に行っていいの?」



 リズと考えていたのは、旦那様に無茶を言ったり変なことをお願いしてみたりすることで、旦那様の愛を確かめてみることだった。

 普通、この国の貴族の妻というのは、夫の職場に行くことはしないし、妻は使用人の育成であったり夫人同士での社交だったりとそちらを主にやることが多い。

 とはいえ、旦那様が騎士団長で多忙であるがゆえに、私の家で茶会や夜会を開くことは滅多にないし、リズたち使用人はそもそも優秀だから私が育成することもない。


『だからこそ、ですよ。旦那様の職場に行く……とかいう、貴族の妻がやらないことをお願いしてみるのです。しかも王都騎士団の職務は危険性が高いと言いますから、旦那様は奥様の身を案じて断るはずです』


 だからこそ、旦那様に少々無茶なことを言ってみたのだが……

 私は湿った砂ぼこりの匂いをこれでもかと堪能しながら、目の前で行われている魔物との戦闘を眺めていた。


「まさか、本当に見に来ていいとはね……」

「奥様、いかがされましたか?」

「ごめんなさい独り言よ、なんでもないわ」


 私の隣にいるのは、王都騎士団の副団長。

 そして私から少し離れた場所で指示を出しながら、自身も剣を振るい魔物と戦っているのは、団長――つまり、旦那様だ。

 私がお願いするとすぐに騎士団の制服に着替え、共に王都騎士団の詰所へ行き、さらには王都周辺の巡回に同行することになったのだ。

 万が一のことを想定して、私も今日は装飾の少ないシンプルなワンピースに、ヒールの低い布製の靴と、動きやすい服装にしている。

 ……いや、違う。

 こんなはずではなかった。

 本当は「仕事が見たい」と言ったら、「危ないから来ちゃダメだ」と言われて断られる予定だったのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、すぐに仕事場に案内されたうえに、巡回まで見学することになってしまった。


「あの……今日は本当にごめんなさい……。急にわがまま言ってしまって……」


 しかも通常なら号令を出す立ち位置にいる副団長に、護衛のような真似をさせてしまっている。

 自分の中の申し訳なさが強くなり、私は旦那様が戦う様子を横目に、副団長に視線をやった。

 王都騎士団の副団長――トルネオ様は、この国の男爵家の当主だ。

 代々王都騎士団に従事するお家らしく、トルネオ様も例にもれず成人してから王都騎士団の一員として従事しているのだそう。

 体格がとてもよく、上背もある。手も節くれだっていてとても男らしいのに、まるで子供のように無邪気で可愛らしい笑みを浮かべるとあって、世の女性たちを虜にしている。

 そんな彼はそんな可愛らしく笑いながら、遠くで戦う団員たちを見やった。


「いえ、あまりご令嬢方が見に来られるところではないですから、団員たちもとてもやる気に満ちあふれておりますよ」

「でも、私がいては邪魔でしょう……?」

「新人の団員を連れて歩くときのほうが大変ですから、ご令嬢お一人であればなんてことはありません」


 強いて言うなら、前もって言ってくれたほうが驚かなくて済みましたがな、と言いながら、トルネオ様はガハハと大きく笑った。

 そう、そもそも旦那様は今日非番なのだ。

 非番のときの旦那様は、とんでもない有事のときを除いて基本的に仕事に行くことはない。他にいる方々のことを信用しているし、休むことも仕事の一つと捉えているからだ。

 そんな旦那様が、とくに有事でもない日に詰所に向かい、さらには一緒に妻がやってきたというのだから、トルネオ様や団員の方々が驚くのも無理はない。


「でも今日の団長は、いつもより動きが俊敏ですな」

「そうなんですか?」

「ええ、遠目から見ても剣の振りの速度が速いですし、声もいつもより大きいです。そのおかげか団員たちも鼓舞されているようで、統率が取れています」

「へぇ……きっと、今日は調子のいい日なのかしら」


 私が旦那様の戦う姿に視線を戻しながらそう言うと、トルネオ様は「……ふふ」と笑う。その後すぐに「いえすみません」と続けた。


「きっと団長は、奥様に良いところを見せたいのだと思いますよ」

「私に?」

「ええ。今日詰所に来たときも、とてもやる気に満ちあふれておりましたから」


 私の記憶違いでなければ、旦那様はいつもと同じ無表情だったはず。それに詰所までは馬車で行ったけれど、その道中で会話が盛り上がることもなかった。ずっと私の隣に座り、腕を組んで瞑想していた。


「団長は雄弁ではないですから誤解されることが多々ありますがね」

「騎士団でお仕事されるときも、旦那様はあまり話されないんですか?」

「ええ。統率するに必要最低限の号令を発することはありますが、行き帰りの道中なんかは、おそらく奥様が普段見られている団長と同じです」


 そう言われ、私は夜会での旦那様の様子を思い出す。

 無表情とは対極にある柔軟すぎる表情筋と、普段の口から一切出てこない浮ついた発言。一体、あれはなんなのだろうか。

 私が黙って首を傾げると、トルネオ様は再び可笑しそうに笑った。


「社交のときは団長も頑張っているみたいですよ」

「頑張っている……?」


 私の内心を読み取った彼は、眉尻を下げた。

 トルネオ様は、旦那様を除いてこの騎士団で爵位を持つ唯一の方。だから、あの雄弁すぎる旦那様を見たことがあるのだろう。

 口角を上げて目を細めると、彼は楽しそうに頷いた。


「ええ。この国の夜会は、いかに夫が妻をよく見せられるか、というのがありますから。周囲からいかに妻を褒めてもらえるのか、とかね」

「……初めて知りましたわ」


 つまり旦那様は、社交では私を立たせてくれているということになる。

 だとすると、余計に気になってしまう。

 旦那様は私のことをどう思っているのかしら、と。

 あまり思い入れのない相手を褒めてもらうように立ち回る、というのも、なかなか疲れることのはず。

 もちろん、私にドレスや宝飾品を贈るのもただではない。

 政略結婚相手に、そんな労力をかけるというのももったいない。


「でも、社交のあとに会う団長はいつもより嬉しそうですから、きっと奥様がいろいろな方から褒めてもらえて、嬉しいんでしょうね」


 …………嬉しそう?


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