奥様が旦那様に興味を持つ作戦、その③-5
翌日。当初の目的通りフォンダン侯爵領の特産品を学ぶべく、朝早くから馬車に乗って街を移動していた。
馬車にはエルドリック様とその助手のメルイさん、そして向かいに座る私と旦那様だ。
旦那様は疲れているのだからお休みしてほしい……と思っていたのだが、旦那様が断固としてついていく、というので急遽参加することになった。
今日は木材の加工から装飾品への仕上げ、そして売買まで一気に勉強させてもらう予定になっている。
もともと侯爵夫人である私と、この領の実質的なトップであるエルドリック様が向かう、とは言っていたけれど……
(急に侯爵本人も顔を見せたら、驚くんじゃないかしら?)
そうは思ったが、エルドリックさんが「まあ、大丈夫だよ」と苦笑いしていたので、まあいいのだろう。
(……それにしても……)
「あの、旦那様……」
「うん?」
「もう手を繋ぐ必要はないかと思うのですが……」
「……ふっ」
もともと馬車に乗るまでの間、何かあるといけないからと押し切られて、屋敷の玄関から目の前に止まった馬車に乗るまでの短い間、手を繋いでいた。
そして今は、馬車の中だというのになぜかまだ手は握ったまま。
「あの……」
「ん?」
振り払おうとしても、思いのほか強い力で握られているので放すことはできないし、旦那様はその手を嬉しそうに見ながら、社交界ばりの笑みを浮かべている。
何度言っても放れそうになかったので、私はさっさと諦めて目の前に座る二人に視線をやった。
メルイさんは、エルドリック様の直属の部下にあたる私と同い年くらいの女性で、本人は貴族ではなく平民。
しかしとても仕事ができるということで、エルドリック様直々に抜擢されて、こうして働いているらしい。
エルドリック様はお体があまり強くないから、長めの出張なんかはメルイさんが代わりに行っているそうだ。
そんなメルイさんとエルドリック様は、こちらを見ながら驚きと苦笑いが混ざったような表情をしていた。
普段こそ社交界で私を口説きつづける旦那様にはなんとも思わないけれど、昨夜に旦那様と少しだけ距離を近づけたことや、なんだか社交界のときよりも旦那様の視線が甘いこともあって、気恥ずかしさがすごい。
「あの…………普段はこんなに距離は近くなくて……」
「わかっていますよ。私も、珍しいものを見たと驚いています」
そう言うと、エルドリック様は旦那様のほうに視線をやって、にこりと微笑んだ。
「もしかしたらアルベルトから聞いているかもしれませんが、私とアルベルトは血が半分しか繋がっていません」
「そうなのですか?」
旦那様にお話をたくさんしようと言ってから、まだたった一日。
しかも旦那様は昨日すぐに寝てしまったから、まったくお話ができていない。
結婚する前もエルドリック様以外の旦那様のご家族とは顔を合わせなかったから、実は彼らの家庭事情というのはまったく知らなかった。
エルドリック様は肩を竦めると、「あまり聞いていて面白い話ではありませんが」と前置いてから、話を始めた。
「私たちの父親はたいそう好色でね。私たちだけでなく他の家に嫁いだ3人の姉妹も全員、母親が違うんです」
「それは……すごいですね……」
「でしょう? 私たちもそう思ってます」
ふふ、と笑いながら、エルドリック様は話を続ける。
「そして兄弟姉妹以外にも侍女やら町の人やらといろいろな人に手を出していたものだから問題になって、成人がだいぶ先の私たちを領に残して出奔してしまいました」
……なんだか、私のお義父様は、だいぶ奔放な方のようだ。
「急遽渡された領地経営で戸惑っていたのにくわえて、母親たちが失踪した父親を全員で追いかけていってしまったので、本当に子供だけで領地をどうにかしないといけなかったんです」
もしかしたら、お義父様だけでなく、お義母様もだいぶ奔放というのか、ガッツが凄まじいのかもしれない。
侯爵家の話を聞いていると、うちの子爵家がだいぶ大人しく思えてくる。
「それもあって、うちの兄弟姉妹は全員、愛情というものに飢えていながらも慣れていなくて、いろいろとその方面が下手くそなんです」
そのおかげで私もだいぶ苦労しました、とエルドリック様は苦笑した。
「だから、夫人も弟の行動にもしかしたら戸惑うかもしれませんが、温かく見守っていただけると嬉しいです」
そう言い彼は、ぺこりと頭を下げた。
慌てて私も頭を下げて言い募る。
「い、いえ! とんでもないです! 私もとくにそういうのが得意なわけではないので……!」
まぁ、そのせいで旦那様といろいろとすれ違っていたので、少しは勉強などしないといけないかもしれない。
サマァサ様とか、社交パーティーにいる方々に聞いたら、教えてもらえるのかしら。
「ですが、今日の様子を見るに、そんなに心配しなくてもよかったのかな」
「え?」
そんな呟きが聞こえてきて、思わず顔を上げてしまう。
情けなくポカンと口を開けていると、くすっとエルドリック様とメルイさんが笑い合い、そして私の隣を指さした。
促されて私も隣を見ると、旦那様がじっと先ほどと変わらない甘い視線でこちらを見つめていた。
「あまりにもわかりやすくずっと夫人を見ているんですもの、先ほどから笑いをこらえていましたよ」
「ははっ、実は私もそうなんだ」
「も、もう! 旦那様!」
メルイさんとエルドリック様がからかうようにそう言うものだから、顔がポッと熱くなる。
私が旦那様の手をぽんぽんと叩くと、旦那様は笑みを深め、私の頬に口づけた。
「すまない。ルイーゼと一緒にいられると思うと、嬉しくて幸せなんだ」
「…………っ!?!?」
「ははっ、もしかして今日アルベルトがついてきたのは、この惚気を領全体に見せるためか?」
その言葉に、熱くなった頬がさらに熱さを増す。火でも噴き出しそうだわ。
(もう、もう、もう!! なんでこんな急に甘くなったのよ!!)
そんな私の思いも知らず、旦那様はそれから職人さんのところに行っても、装飾品のお店に行っても、私を甘い視線で見続けていた。
「ご領主とご婦人の仲がよくて、私たちも嬉しいわぁ!」
きっと、今日の話が周囲に、そして社交界に広がるのも時間の問題だろう。
羞恥に揉まれて、私は今日一日ずっと顔を真っ赤にして過ごしたのだった。
(やっぱり、旦那様のことはわからないわ!!!!)
やはり、旦那様と会話は必要そうだ。
意図がわからないままこんなことをされたら……恥ずかしすぎて耐えられないわ…!




