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奥様が旦那様に興味を持つ作戦、その③-3

 私たちが案内されたのは、侯爵領本邸の客間。

 旦那様は汗を流すために浴室に行っており、リズたちもすでに下げたので、いまこの場には私しかいない。

 外はすでに暗く、窓際にいてもかすかな街灯の灯りしか見当たらない。

 諦めて部屋に視線を巡らす。

 普段からよくお客様を接待することが多いようで、いつも私たちが住んでいる王都のお屋敷よりも華美で、いろいろなところに緻密な細工がなされた調度品が置かれていた。

 とくに木で作られた大きな壁掛けの振り子時計は圧巻だ。

 結婚前に顔合わせしたときに一度だけ泊まったことがあるけど、そのときよりも調度品が増えた印象だ。


 ……そんなことを頑張って思い出そうとするけれど、先ほどの旦那様の抱擁が邪魔してきてしまう。

 どうやら王都騎士団の詰所からそのまま馬をずっと走らせ続けてきたようで、体は熱く、息はほのかに荒くて……でもいつもとは違って少し崩れた旦那様の姿にときめいたというのかなんというのか――


「ルイーゼ」

「は、はいっ!」


 ふいに名前を呼ばれてビクッと体を震わせる。

 振り向くと、簡素な服に身を包んだ旦那様がいつの間にか部屋に入ってきていた。

 湯浴みをしたあとだからか、いつも綺麗にセットしてある髪がへにゃりとしていて、どことなく幼い印象を抱く。

 身につけている服も普段とは違ってカジュアルな雰囲気だからか、違和感を抱きつつも嫌ではなかった。

 少しキツそうで、パツパツに見えなくはないけれど。

 じっと私が見つめていたからだろう、旦那様は服に視線を落とし、かすかに肩を竦めた。


「すまない、直接来たから着替えも持ってきていなくて。エルドリックに借りたんだ」


 それで納得がいった。

 普段あまり運動という運動をしないエルドリック様の服を、常日頃訓練をし戦闘を行う旦那様が着れば、それはキツいだろう。

 旦那様は頭を掻きながら、部屋の中央に用意されたソファに座った。

 その様子が、なんだか彼が恥ずかしがっているように見えて、私はふふ、と笑ってしまった。

 そして、部屋には沈黙が下りる。

 旦那様がじっとこちらに視線を向けてくるが、どことなく気まずくて私は目を逸らした。

 とそこで、ハッとする。


(いや、なんだか微笑ましい雰囲気にはなったけど、これってこれから私が怒られるってことよね……!?)


 旦那様はさらっと言ったものの、さすがに王都から数時間はかかるこの領地に来たということは、わざわざ明日のお仕事をお休みしたことになる。

 そもそも私は旦那様から見れば、何も言わず秘密裏にすべてを手配して義実家にやってきた妻、という認識。


(…………もしかして、不貞とか疑われてる!?)


 だから旦那様はお屋敷に戻ることなく、私を監視するために急いで直接やってきたということ……!?

 その方面でのやましいことは一切ないけれど、誤解されているというのであれば話は別だ。

 政略結婚が主体のこの国の貴族は、愛人を囲うとか、夫とは別に付き合っている人がいる、というのはないことではない。

 ただやはり、他の貴族や結婚相手になるべく気づかれないようにする、というのが暗黙のルールではあるのだ。

 それこそバレてしまえば家の名に泥を塗ることになってしまうし、離縁こそしないまでも実家への支援が打ち切られてしまう。


(それはいけないわ! もう隠しても意味ないし、言うしかないわね!)


 私は意を決して旦那様に視線を合わせた。


「旦那様、あの!」

「……ルイーゼ」


 しかし二人同時に言葉を発してしまったものだから共に口を塞ぎ、再び沈黙が下りてしまった。

 じっと見つめ合うだけで時間が過ぎていく。

 コツコツ、と時計の振り子が鳴る音だけが、嫌に大きく聞こえた。

 先に口火を切ったのは、旦那様だった。


「……すまない、遮ってしまった。先に話してくれ」

「いえ……だ、旦那様からお話しください……」

「いや、大したことのない話だったから」


 ふるふるとかぶりを振ってこちらをじっと見つめる旦那様だが、そのまっすぐすぎる視線が少し怖い。少し笑っているようにも見えるし。

 それに、大したことのない話、とは言うけど、絶対に不貞とかを追及するものに決まっている。


「わ、私の話も、旦那様のものに比べたら重要ではない、と思いますので……」


 そう答えると、旦那様は「……ふむ」と俯き、考え込みはじめてしまった。

 どことなくその表情は……赤い?

 なんだか照れているというのか、恥ずかしがっているように見える。


 ……さすがに気のせいだろう。部屋の灯りが暖色だから、きっとそう見えるに違いない。


「いやなに、本当に大したことではないのだが」


 私はごくりと唾を呑む。


(離縁とか切り出されたら、支援を打ち切るとか言われたらどうしよう……!)


 ぎゅっと拳を握ると、旦那様は普段よりもはるかにわかりやすく眉尻を下げて、にこりと笑った。


「初めて一緒の部屋で寝るから、なんだか気恥ずかしいな、と」

「…………へ?」


 一瞬言葉が理解できず呆然としていたが、言葉を理解してもなお意味が理解できず、私ははしたなく口をポカンと開けてしまった。

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