プロローグ-2
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「結局、旦那様は私のことをどう思っているのかしら」
「奥様?」
侍女のリズに寝支度のために髪を整えてもらっている私は、ついにそう口に出してしまった。
リズは私が侯爵家に嫁いでからずっと私に優しくしてくれる侍女。この屋敷で一番心置きなく話すことができる人物といっても過言ではないだろう。
とはいえ、結婚して二年が経つというのにそんな言葉を吐くものだから、リズは鏡越しに目を見開いて私を見た。
でも、気になるのだ。旦那様が、私をどう思っているのか、というのを。
そもそも私と旦那様の結婚は貴族でよくある政略結婚であり、恋愛結婚ではない。ただ田舎にある林業が盛んな元実家のアルセイド子爵と、王都近くの領地を持ち木工品細工で財を成したフォンダン侯爵の思惑が一致したに過ぎない。
「リズも知っての通り、旦那様って家ではその……とても寡黙じゃない?」
「えぇ、そうですわね」
「誰かがいるときはとても饒舌に話すし、私にキスとかしてくれるけれど、二人きりになったり家にいたりするときは、びっくりするくらい何もしてこないのよ」
「……えぇ、そう、ですわ……」
鏡越しのリズの顔がどんどん曇っていく。
しかし私はそれを見ても止めることはせず、言葉を続ける。
「それに結婚してからもうすぐ二年が経つのに、まだ一緒に寝たことすらないのよ。そりゃ子どももできないわ」
「……なんとなくそれは、察しておりました」
でしょ? と言って私は振り返る。頭を抱えて悩ましげなリズを見るに、どうやら使用人たちの中でもその話は上がっているらしい。
「旦那様は奥手と言いますか、幸せの基準が低いと言いますか……」
「そうは言うけれど、もう少ししたら私から離縁を切り出せちゃうくらいなのよ?」
この国では、二年間白い結婚が続くと、妻から夫に対して離縁を宣言することができる。
政略結婚である以上そんな自分勝手なことをするつもりはないし、旦那様に対して嫌な思いをしたことがないから、離縁という道を選ぶつもりもない。
そもそも別に、特段素敵な思いをしたこともないけど。
私は肩を竦めながら、片眉を上げる。
「政略結婚だから旦那様が私に愛情を持っていなくても変ではないんだけど、この先旦那様とどう接していけばいいのかが、いまいちわからないのよ」
「どう、というのは?」
「外面だけ仲良しな夫婦になるべきなのか、もっと内面でも近づくべきなのか、ってこと」
普通なら、外面だけでなく内面も相手のことを愛する、というのが理想の夫婦像だろう。ここから先何事もなければずっと共にいる存在なのだから。
とはいえ政略結婚である以上、合わない人間と夫婦になるというのは貴族ではよくあること。
もし旦那様が私のことを”合わない人間”だと思っているのなら、こちらから必要以上に接するのも気を遣わせてしまうから申し訳ない。
「ちなみになんですけれども、奥様」
「ん? 何?」
ため息をついていると、頭痛を我慢してそうな表情のリズが、櫛をドレッサーに置きながら鏡越しに私の目を見つめる。
「奥様は旦那様のことを、どう思っているのですか?」
「私が旦那様のことを……?」
そう問われ、黙る。
結婚して二年。しかしその二年の間に旦那様と話した回数は、もしかしたらリズと話した回数の一割……いや、一分もないかもしれない。
大体は黙って本を読んでいるか、お庭で剣の鍛錬をしているか、仕事で家にいないか。
夜会といった社交の場ではときたま話すけれど、二人きりで話すことはない。
「とくに、どうとも思っていないわね……」
単純に、どうと思うほど接していないのだ。好きも嫌いも、ない。
正直にそう答えると、リズはその場で膝から崩れ落ちた。
「リズ!?」
「奥様……旦那様は決して悪いお方ではないのです!! ただ感情表現がとてつもなく下手くそなのと、幸せの基準が低いだけで!」
「……リズ?」
一応リズの雇い主は私じゃなくて旦那様なのだけれど、そんな悪口みたいなフォローをしても大丈夫なのかしら。
そう思う私をよそに、リズは眉尻を下げて、おろおろと泣きださんばかりに私に縋ってくる。
「たしかに寡黙で何考えてるんだかわからないお方ではあるのですが、とても良い人なのです! 旦那様をぜひ見捨てないでください……!」
きっと、長年侯爵家に仕えているリズだからこそわかる本心があるのかもしれない。それにしてもだいぶひどく言っているけれど。
「別に見捨てたいとか考えてるわけじゃないわ」
そう、ただ純粋に、旦那様が私をどう思っているのかが気になるだけなのだ。
好かれているのなら嬉しいけれど、嫌われているのなら、この先数十年の生活の質に関わってしまう。
嫌われながら同じ屋根の下で暮らすのは少し苦しいし、旦那様も嫌いな相手と一緒に暮らすというのは精神衛生上あまりよろしくない。
ならば、第二夫人などを娶ってそちらと子供を作ったほうが、旦那様的にもよいだろうし、フォンダン侯爵家の血筋的にもよいはずだ。
……少なくとも後継ぎ云々の話以前の今よりかは。
「そう思わない?」
いつの間にか私の寝支度に戻っていたリズにその考えを言ってみると、彼女は苦笑いを浮かべて眉尻を下げた。しかし私の問いには返答せず黙ったまま。
まぁ、使用人という立場である以上、そこまで意見などを言うことはないのだろう。さっき旦那様のこと結構言ってたけど。
「ごめんなさい。答えにくいことを聞いたわ。忘れてちょうだい」
なんだか少し気まずい雰囲気になってしまったので、肩を竦めて軽く頭を横に振る。しかし同時にリズが真剣そうな顔をして、鏡越しに私を見つめているのが視界に入って、動きを止めた。
「……では、こういうのはどうでしょう」
「…………」
私はごくりと唾を飲み込みながら、彼女の言葉の続きを待つ。
少しの間を開けてゆっくりと紡がれた発言を聞き、私は目を見開いた。
「――旦那様の愛を試してみましょう」




