奥様が旦那様に興味を持つ作戦、その②-2
「王妃殿下、このたびは夜会にお招きいただき、ありがとうございます」
「おや、フォンダン侯爵」
遅れて夜会に入った私たちは、真っ先に王妃殿下のもとへ向かった。
タイミングがよかったようで王妃殿下はお付きの人に何かを指示していて、すぐに声をかけることができた。
私は旦那様のうしろで、深く淑女の礼を執る。
すらっとした体躯で切れ長の目つきを持ち、国王陛下へも物怖じしない王妃殿下は、この国の女性陣が憧れてやまない人物。
そんな彼女は目尻を下げ、こちらに優しく微笑みかけてくれた。
「先ほど騎士団伝いで君の勇姿が報告されたから、さすがに今日はお休みかと思ったよ」
「いえ、とんでもございません。妻とこの夜会に参加するのをずいぶんと前から楽しみにしておりましたから」
「それは嬉しいね」
そう言い、王妃殿下はこちらに視線を向けた。
「夫人も今日は忙しかったろうに、参加してくれてありがとう」
「い、いえ! 私も夫と楽しみにしておりましたので」
「ふふ、君たちは本当に仲が良い夫婦だからね。今日もその熱い様子を遠くから見させてもらうよ」
そう言いながら笑い、王妃殿下はお付きの人たちを連れて大広間の奥へと行ってしまった。
大広間は煌びやかな装飾がふんだんに施されていて、長方形の形をしたお部屋になっている。
長いほうだと端から端まで私が歩くと数分はかかってしまいそうなほど大きく、それでいてそこにたくさんの人がひしめいていることから、今日の参加人数がいかに多いのか容易に想像ができてしまう。
広間の奥のほうは王妃殿下が座る定位置がありそこから夜会の様子をじっと観察していて、中央はダンス、手前側はお酒や簡単な食事が置かれているスペースになっていた。
私たちは中央のエリアに向かい、ダンスを行う。
私の手を持ちエスコートする旦那様の動きは、いつもの彼とそう変わらない。
しかしやはりよくよく見ると、どことなくぎこちないというか、無理しているような気がしなくもないのだった。
「旦那様。お怪我が良くないのなら、無理してダンスする必要は……」
「いや、問題ない」
一瞬だけ普段の様子に戻った旦那様は、そう淡々と言い放つ。
(……じゃあ、もういいかしら)
怪我をしているらしいことは本当だけど、私が思っているよりも浅いのかもしれないし、騎士にとってはありきたりの普通のもので心配されるようなものではないのかも。
(それに、私がこれ以上何を言ったところで、きっと聞いてくれないでしょ)
諦めまじりにため息をつき、私は旦那様と対面しダンスの姿勢をとった。
旦那様とダンスをし、それから数人の貴族とダンスをしてから、私は先にダンスエリアから食事エリアへと退散していた。
もともと別にそんなにダンスが好きというわけではないので、貴族として失礼にならない程度に社交をしただけだけど。
スパークリングワインと、そばに置いてあったカナッペを口にしながら、遠くでご令嬢と踊る旦那様の様子を見る。
(うーん……)
どう見ても、その表情がどんどんと余裕のない表情になっていっている。
いや、表面上は別にいつもの社交界で見せる表情豊かな旦那様なのだけど、うまく作り切れていないというか、焦っているような気さえ感じるというのか。
あまりうまくは言えないけれど、万全な状態からは程遠そうだった。
だが、旦那様とダンスをしたい女性陣というのはまだまだいて、ダンスをする旦那様たちを見て老いも若きも関係なく続々と近づいてくるのだ。
(…………あっ)
音楽が終わりを迎え、再び奏でる準備をはじめる。
新たな女性と再び対面しポーズを組んだところで、一瞬かすかに旦那様の顔が引き攣った。
(やっぱり結構悪いんじゃない!)
普段の訓練で頑強になっていて、怪我にも慣れている旦那様が、触れられるだけで顔を引き攣らせるとなると、結構な痛みがありそうだ。
女性の動きからして、たぶん旦那様はお腹あたりに結構な傷をこさえていそう。
ともにダンスをしている女性も、そばにいる女性たちも、そしてそれを遠くから見ている他の貴族の人たちも気づいていないが、私は確信した。
とはいえこのまま放置しているとあと十数人と踊らないといけなくなってしまう。顔色も相変わらず悪くなっていっているし、さすがに助けよう。
食べかけのカナッペを飲みこみ、ワイングラスを給仕の人に渡すと、私は旦那様の踊っているところへ足早に向かったのだった。
音楽が止み互いが礼をしたところで、声をかける。
「旦那様」
「ルイーゼ」
声をかけるなりぎゅっと抱きしめられる。周りからほう、とため息が聞こえるけど、今はそんなことをしている場合ではない。
「ダンスをしている君も優雅でまるで華麗な蝶みたいだけど、端のほうで立つ君も、麗しい女神が作った彫像のようで輝いていたよ」
そう告げる声は、息が少し荒く聞こえる。
私はいつものように笑みを浮かべ、誰にも聞こえない音量で耳元で囁く。一緒に旦那様の傷があるであろう場所を軽く叩いた。
「無理をしているのはわかってますから、一度庭園でお休みしましょう」
「っ! ル、ルイーゼ?」
「そんな体調悪そうな顔を見ていても、失礼なことがないかこちらがソワソワするだけなので」
「は、ははっ」
旦那様はなぜか軽く笑い、そして私の体を離した。
どうにも余裕がないようなので、旦那様が口を開く前に私が周りの女性陣たちに視線をやって告げた。
「たいへん申し訳ございません。夫が皆様と踊っているのを見ていたら少し……独り占めしたくなってしまって。少しの間、夫をお返しいただきますね」
そして返事を聞くことなく旦那様の手を取り、食事スペースにある扉から、花々がのぞめる庭園へ向かったのだった。
後ろのほうから、「やっぱり、侯爵夫人もご嫉妬なさるのね……」と聞こえたが、否定するのはやめておいた。




