プロローグ-1
ゆっくりマイペースで更新していきます。
シャンデリアがいくつも吊り下げられ、あたりは豪奢な装飾の家具や内装が眩しいほどに煌めいている。
華美なドレスや光を反射するジュエリーを身につけた人々が歓談する中、私ルイーゼ・フォンダンは、夫であるアルベルト・フォンダン侯爵とともに、挨拶回りをしていた。
「これはこれは、フォンダン侯爵ではないか」
「どうもご無沙汰しております、公爵」
旦那様は騎士団長と侯爵を兼任している珍しい存在。普段は国の周りの魔物から王都を守る王都騎士団を率いるため、滅多に夜会には顔を出さない。しかし、今日は魔物の出現報告もなく無事に参加できたというわけだ。
騎士らしい体つきで、そのうえ鼻筋は通り、金髪碧眼のお顔はたいへん麗しい。
そんな顔つきで公爵にほほ笑むものだから、公爵も少しだけ顔を赤らめている……そう錯覚させるほど、旦那様は美麗な人だ。
さらに、上質な生地で仕立てられた紺色の王都騎士団の正装も相まって、その場に立っているだけで、まるで彫像のように人目をひく存在だった。
私は旦那様の隣に立ち、軽くカーテシーをする。にこりとほほ笑んで「ごきげんよう」と言うと、公爵はこちらを見てにこりと笑った。
「いやはや羨ましいですな。私の妻は私と一緒にいるのが嫌みたいで、入るなりどこかに行ってしまいましたよ」
「そんなはずはありません。先日も奥様から公爵がいかに素晴らしいかを、妻がお茶会で教わったそうですから、きっと今日の公爵の御姿が素晴らしすぎて、素直になれなかっただけだと思います」
「ははは、上げるのがうまいね」
その後少し談笑をして、公爵は去っていく。
すると旦那様は私の手を取り、人の少ないバルコニーへと向かった。
先ほどの饒舌でほほ笑みを浮かべる紳士的な彼から一転、感情という感情をすべて捨て去ったかのような無表情へ。さらには「ふう」とため息までついている。
私の知っている旦那様は、こうなのだ。
寡黙で無表情。何を考えているのかわからない。
今も私と一緒に手を繋ぎながらバルコニーに用意されたソファーに座り、じっと空を見上げて星を眺めている。
釣られて私も見上げるが、特段何か面白いものがあるわけではなく、煌びやかな宮殿の光に負けないくらいの星が煌めいているだけ。
ここで流れ星でも流れてくれればきっと話題にもなるのだろうが、残念なことに現れてくれず、二人で黙って夜空を見ている。
「あ、あの旦那様……」
さすがに沈黙に耐え切れなくなって声をあげたと同時に、バルコニーに一組の男女が現れた。
それは先ほど談笑した公爵と、夫人。
互いにおしゃべりをしながらバルコニーへやってきたが、私たちの姿を見るや二人は顔を赤くして、こちらへやってきた。
「まぁまぁまぁ、ルイーゼさん」
先に口を開いたのは、夫人。五十代とは思えないほどスリムな体に様々な宝石で彩られた赤色のドレスをまとった彼女は、口に手を当てながらそう言い、眉尻を下げる。
「とっても素敵な服だわ。あなたのご主人にも負けないくらい美しいわ」
「ごきげんよう、夫人。そう言ってくれて嬉しいですわ。夫人のドレスもとても美しくて、夫人の赤髪にとても似合っていて素敵です!」
「ほほほ、そうかしら?」
夫人は私の青色のドレスを見て興奮した様子だったが、ちらりと公爵と旦那様を見るなり「ちょっとこっちに来て」と言って、私の手を引っ張った。
旦那様が一瞬だけこちらを見たが、私は「大丈夫です」という意を込めて、手を軽く振った。
夫人は声をひそめて、まるで公爵に聞こえないようにするためか手で口を隠しながら、口を開いた。
「ねぇ。私最近旦那とあまり仲が良くないのだけれど、どうしたらいいと思う……?」
「……はい?」
突然の問いかけにびっくりする。
なぜそれを私に聞くのか。そう思って首を傾げると、夫人は「嫌だわぁ」と手を振って目を細めた。
「さっき私たちが来るまで、ご主人と手を握ってらしたじゃない、んもぅ!」
「あ、あはは……」
ただ手を握っていただけで、会話もなければ一度たりとも目が合っていない、というのは、わからないだろう。
「あなたたちずうっと仲がいいんだから、きっと何か秘訣とかあるんでしょう?」
「秘訣……ですか……?」
「んもぅ、誤魔化しちゃって!」
夫人には申し訳ないが、そもそも私たちは仲がいいのかすらわからない。
私の記憶では、家では旦那様と会話した記憶がほとんどない。
そもそも騎士団長であるがゆえに家にいることが少ないというのもあるが、そもそも旦那様がお休みの日で同じ部屋にいても、旦那様はただ黙って本を読んでいるだけで、会話はない。
外にいても、二人きりのときはほとんど会話はない。今日の夜会で、家にいるときの旦那様の一年分の声を聞いた気さえする。
うーん、と夫人のわくわくした笑顔に応えるために悩みに悩んでいると、ふと視界の端が陰った。ちらと見ると、旦那様と公爵がこちらにやってきていた。
「面白そうな話をしているね、ルイーゼ」
「ふふふ、ルイーゼさんと侯爵の仲のよさの秘訣を教えてもらっているところでしたの!」
「え、ええ……きゃっ!?」
すると、旦那様は私を片手で軽々と持ち上げ、私の頬に口づけをした。それを見て夫人は顔を赤らめているし、公爵も目を瞠っている。
私はびっくりしすぎて、何も言えないでいる。
「たとえばこうやってスキンシップを取ることでしょうか。それこそ、キスだけでなく手を握ったり、同じソファに隣同士に座ったり。だよね、ルイーゼ?」
――そんなの、一度もしたことないですよね……?
手はごくまれに繋ぐけれど、スキンシップとかソファに一緒に座るとかは、やったことないですよね? そもそもうちのソファは一人掛けのものしかないですよね?
そう思うが、青い瞳が私をじっと見据えている。
目尻を緩め、愛しいものを見るかのように私を見る視線が本当なのか、それとも演技なのかはわからない。
ただしここで旦那様の株を下げたところでどうしようもないので、私はほほ笑んだまま、頬を引き攣らせているのがバレないように、「えぇ、そんな感じ……ですわ」と応えておいた。