数本目 (2)
「……でも、むしろ私は感謝しているんです。大して知らない殿方に嫁ぐより、趣味の本を仕事にできるなんて」
何度かの逢瀬を経て、アメリーの身の上話はすっかり終盤まで来ていた。これ以上、何かを訊かれても話の種がないくらいだ。
そうした気配を感じてのことなのは分からない。だが、ふうんとかへえとか、いつも簡単な相槌ばかり打っていたロベールは、初めて彼女の話に感想のようなものを述べた。
「なるほど。だから君は、いつでも生き生きとしているんだね」
「…………」
アメリーが言葉に窮したのは、その緋の瞳が僅かばかり翳った気がしたから。
同じ微笑を湛えつつも、それは普段の彼の、一粒の本音も見えないような笑顔とは少し違った。寂しげに、とでも言うべきか。
けれどそんな表情が覗いたのはほんの一瞬、彼は手元の煙草の短さに気づき、冷静にその火を消した。
顔を上げた彼の瞳には、変わらず赤々とした炎が灯っている。持ち主の些細な感情など関係なく、決して絶やすことのできない灯。
ほんの、出来心だった。
アメリーはこの逢瀬において初めて、自ら口を開いた。
「……あの、私にはもう、お話しすることがありません」
「……え?」
「全て答えてしまったので、これ以上ご質問いただいても、もう何も」
「……そっか」
視線を下に落とした彼の表情はあっさりとしたものだった。例えるなら、聞き分けのよい子供。彼らは往々にして、実際の年齢よりも大人びて見える。
乗り気でないアメリーを巧妙に言いくるめたときの、自信に満ちた、叶わないという言葉すら知らなそうな彼はどこへ行ったのか。
「ですから、次からは殿下……いえ、ロベール様がお話ししてください」
きょとんと、顔を上げた彼はアメリーを見つめた。
アメリー自身、驚いていた。
ふとした弾みで口をついて出た言葉。それを自分の口が語ったことは確かなのに、感情のほうは整合性がとれずして戸惑っている。
この不思議な逢瀬は一体いつまで続くのかと、内心困っていたのではなかったか。それを、まるで自ら請うような――。
辺りを樹々に囲まれ、明かりが切れて薄暗い廃図書館。窓から差し込む西日は、雲の流れによってその色を強めたり、ぼやけたり。
その光が何度か彼の端正な顔を照らし、何度か影を作ったあと。
「いいよ。じゃあ来週からは僕のことを話そう」
ロベールはふっと顔を綻ばせ、アメリーに笑いかけた。
切れ長で少しつり目がちな瞳、その目尻が穏やかに、流れるように下を向く。柔らかで、無垢な。何物をも憚ることなく、小さな子供みたいに笑う彼。
木漏れ日のように、細かい光の球がほろほろと零れるようなその様子を、アメリーはただぼんやりと眺めていた。