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二本目 (2)

 

 先週と同じくロベールは、元図書館員の執務室だった奥の小部屋へと向かった。少々不本意ながら、アメリーもそれに続く。


 彼は窓辺の椅子に腰掛け、取り出した一本の煙草を口に(くわ)えた。カチッというライターの音と共に赤色の火が点る。吸い、窓の隙間から吐き出される煙。


 アメリーはまた、小部屋の入り口に立ち、その光景をぼうっと眺めた。

 半ば強引に、嫌々やって来たはずなのに。あの横顔を美しいと思ってしまうのはなぜなのだろう。見るからに不健全で、王子としての光の部分をどこかに置いてきたような、気怠げな姿。



「どこか座ったら。あ、煙が気になる? 一応最新技術でにおいを抑えてるものなんだけど」

「……はい、あ、いえ」


 座ったらという勧めと、煙が気になるかの問い、その両方に答えようとしておかしな返答になった。

 なんとなく気まずい思いを抱きつつ、アメリーは彼から少し離れたところの椅子に腰を下ろした。


 煙草一本分ってどれくらいの時間なのかしら。思いながら、ちらと彼の手元を窺う。煙草はまだ十分な長さを保っているように見えた。



「そういえば、なんで君は先週煙草を持ってたの?」

「あ、それは……」


 アメリーは、それがお使いの一環であったことを説明した。

 図書館長から時々煙草の買い出しを頼まれることがある。奥様が嫌煙家で、館長は家で煙草を吸えないらしい。けれども完全に辞めることはできず、彼は仕事の昼休みに毎日一本だけ吸うのを楽しみにしているという。


 そういう個人的なお使いを部下に頼むのは職権濫用といえばそうなのだが、アメリーはそれを気にしたことはなかった。煙草を扱う売店はよく行く書店の隣にあったし、ほぼにおいの出ない最新技術を使ったその品は、限られた店にしか置いていないようなのだ。


 館長の温厚で大らかな人柄のせいもある。大変な案件が終わったあとなど、彼は甘いものでも買っておいでとお小遣いを持たせてくれる。そうして買ってきたお菓子を、図書館員みんなで食べながら休憩したりする。



「ふうん、なるほど」


 自分から訊いてきたくせに、ロベールは興味があるのかないのか分からないような相槌を打った。アメリーとしても訊かれたことを答えただけで、面白みがないことは分かっているけれど。


 それから彼は、いつから王城で働いてるの、とか、仕事は楽しい? とか、当たり障りのないことを幾つか訊ねてきた。

 アメリーは可もなく不可もなくそれらに返答し、気づけば彼の右手指に挟まれた煙草は大分短くなっていた。



「そろそろ時間だね」


 そう言って、彼は携帯用の灰皿の上で、慣れた手つきで煙草の火を消した。

 煙草の先に仄かに見え隠れしていた赤色が消えるのを見て、アメリーはなぜだか少しホッとした。


「じゃあ、また来週」

「はい。…………え?」


 これで役目は終わったと気を抜いていたところ、適当に返事をしてしまった。

 一瞬あとからそのことに気がついたアメリーは、慌ててロベールの顔を見上げた。


「お使いは毎週なんだよね。来週も待ってるよ」

「…………」



 先ほど消えたはずの火が、彼の緋い瞳の奥に見えた。その瞳はアメリーを捉えてゆっくりと細まる。火が揺らめく。


 まるで、辺りの空気を呑み込んで、これから大きく燃え上がろうとしているかのように。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。予想はしていましたが、やはり文章が素晴らしいです。地の文好きを満足させつつ会話も適度にはさまれていて、読みやすく、かつ流麗。 そんな文章で綴られる、どこか児童文学めいた雰囲気…
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