二本目 (1)
こうして彼女の、決して健全とは言えない、週に一度の不思議な逢瀬が始まった。
「はぁ……」
アメリーが第二図書館で王子ロベールと初めて遭遇した、次の週。
お使いに出た彼女は、購入した雑誌の会計を待つ傍ら、気付けば盛大な溜め息を溢していた。すっかり馴染みとなった書店の店主が、それを見てくすりと笑う。
「アメリーちゃん、どうしたい。何か悩み事?」
「あ、ごめんなさい、溜め息なんて。……なんでもないんです」
「そう? まあ王城勤務は色々と大変なこともあるだろう。無理しなさんなよ」
おまけだよ、と言って、店主はアメリーに小さな砂糖菓子をいくつかくれた。以前、親と共に店を訪れた子供にあげているのを見たことがある。
書店員というより力仕事をしていそうな体格の良い店主は、陽気で、大人でも子供でもすぐに仲良くなってしまう。
もらった砂糖菓子を早速一つ口に入れながら、アメリーは王城への帰り道を急いだ。
口の中で転がるささやかな甘さが、再び溜め息を吐きたくなるのをなんとか抑えてくれる。
城門を抜けて、躊躇いつつも、アメリーは第二図書館へと足を向けた。額には怪訝そうに皺が寄っている。
正直、全く気が向かなかった。
アメリーはどちらかといえば真面目な性格だと自負している。せっかくありつけた憧れの図書館員の仕事、数か月間誠実に働いてきたのに。勤務中にこそこそと別のことをする羽目になるなんて。
それでも、王子の言葉を断る勇気はアメリーにはなかった。
王城に勤務する以上、言うなれば王族は図書館長よりも上の上司だ。そうやって半ば無理矢理自分に言い聞かせ、アメリーは第二図書館の扉を押した。
「いらっしゃい、アメリー」
入ってすぐの広間に、ソファーにゆったりと腰掛ける第二王子ロベールがいた。
まるで自分の家に招き入れるように言う。図書館が王家の持ち物であることを思えば、それは間違っていないのかもしれないが。
「この間は気が乗らない様子だったけど、君は来ると思っていたよ」
そう言って、彼はにっこりと笑顔を見せた。
美しいお顔を存分に生かした満点の笑み。だというのに、どこか隙がなく心を許す気になれないのはなぜだろう。
先週ここで会ったときに比べれば、大分血色が良く健康そうだ。
「第二王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「ああ、そんな堅苦しいの、なし」
ワンピースの裾を摘み、王族に向けて最大限の挨拶をしようとするアメリーを、彼はすかさず遮った。
「ねえ、アメリー。ここでの僕はどんなふうに見える?」
「……どうと、言われましても」
「そうだね、大方……以前見たときとは別人のようだ、とか?」
彼の瞳の奥で、妖しげな光が小さく揺らめいた。
見透かされている。何もかも。逃げられない、そんなふうに思わざるを得ない鈍い光。
「い、いえ、そんなことは……」
弁明など通らないことは分かっている。それでも立場上、アメリーは彼の言葉を否定しようとした。
そんなことは微塵も気にしない様子で、彼は微笑みを湛えたまま続けた。
「ロベールでいいよ」
「……え?」
「ここで僕のことを殿下と呼ぶのは、なし。他の言葉遣いも気楽なものでいい」
「で、でも」
「僕はここに息抜きに来てるんだ。『王子』は休憩中。別人のように見えるなら、これが僕の素のようなものだと思ってくれればいいよ」
「…………」
息抜き、か。随分と周りの想定から外れた息抜きだ。王子が護衛の一人も付けずに廃図書館に潜んで煙草中毒……。駄目、改めて考えたらくらくらしてきたわ。
アメリーは俄に頭痛にも似た症状を覚え、無意識に自身の額へ手を当てた。
彼はそれすらも意に介さない。
「じゃあ約束どおり。一本分だけ、付き合ってよ」