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赤い花 (2)

 

 一人でのお使いにすっかり慣れた様子の新人さんを見送りつつ、ふとアメリーは机の引き出しを開けた。

 奥のほうに、赤い花びらを閉じ込めた栞がぽつんと入っている。


 彼女はおもむろにそれを取り出し、じっと眺めた。

 赤色は記憶に違わず、美しい。一枚だけの花びらとして小さな紙片の中に眠る存在になってもなお、その輝きは変わっていなかった。



 ――これを直視できるくらいには、私も平気になったのだわ。

 ……いえ、元々あるはずのないもの。そうやって向き合うことができなかった私に、悲しむ権利などないのだけど。



 特別だ、なんて。いつの間にか、無意識に自惚(うぬぼ)れていたのかも。

 あの場所でしか見せないであろう彼の表情を知って。少し内側を見た気になって。


 それが最初と同じ笑顔の奥に隠されたからって途端に、勝手に寂しいと感じて。

 元より時が来れば全て無くなる時間だと、そうした態度であの場に臨んでいたのは私のほうだったというのに。一貫しない感情で彼を振り回したのは私のほうかもしれない。



 ありがとう、と彼は言っていた。最後にくれた赤い花束は、たぶん彼からの感謝の気持ちだった。あの時間を心地良いと思ってくれていた。私と、同じように。

 ごめんなさい。素直に受け取ることも、笑って終わることもできずに。


 それでもどうか、今少しでもあなたの呼吸が楽にできていればと、時々は思い出して祈ることを許してください。

 願わくばこの赤が、いつまでも輝き続けていますように――。



 僅かな痛みを残しつつも、彼女の心は落ち着いていた。

 ほんの短い時間、そうして思いを馳せたあと、彼女は栞の中の花びらをそっと撫でた。



 栞を再び仕舞うため、アメリーが机の引き出しに手をかけたときだった。


 めずらしく慌てた様相をした図書館長が、彼女の席まで小走りでやってきた。少々栄養を摂りすぎにも思えるお腹を揺らし、糸目がちな瞳の幅は普段の倍くらい開いている。


「アメリーくん、君にお客様なんだが……」




 ――何故、こんなことに……?


 執務室の入り口で彼女を待っていたのは、見るからに屈強そうな青年だった。


 分厚く鍛えられた身体に、平均的な女性よりは背が高めのアメリーが、首を反らして見上げるほどの高身長。無表情で無骨そうな雰囲気と相まって、威圧感が半端ではない。

 彼の纏う騎士服やそこに掲げられている紋章は、おそらく高位のもの。


 それらを鑑みて、館長が目を見開いて彼女の元へすっ飛んできたのも無理はない。


 見た目とは裏腹に、彼は懇切丁寧な口調でアメリーに挨拶をした。

 どこどこ騎士団に所属する何とかかんとかの――丁寧すぎるがために正直よく分からないと彼女は思ったのだが――彼がベルナールという名だということ、それと、アメリーについてきてほしいと言っていることは分かった。



 何だかよくわからないままに、ベルナールに従って職場を出てきたアメリー。

 連れられた先は王城内でも奥まった場所、明らかに“偉い人”しか入れない、彼女のようないち図書館員が気軽に踏み入る場所ではない。


 そのうち一つの応接間(といってもアメリーの一人暮らしの部屋より大きい)に通され、待つように言われる。

 示された豪奢なソファーに腰を下ろすことも憚られ、彼女は部屋の中心に一人立ち尽くした。



 先ほどの階級が高くて強そうな騎士の青年、それから館長の慌てっぷりを思い起こす。


 ――私、何かしたかしら……?



 心当たりは、ある。というより、あれしかない。


 半年もの間、職務中に用もない第二図書館へ立ち寄っていたこと。

 しかも隠れて二人きりで会っていた相手が、この国の王子だということ。


 咎められるようなことは何もなかったとはいえ、ほんのちょっとの火種があれば事実は如何様(いかよう)にも捻じ曲がる。例えば、婚約が決まる直前の王子を(そそのか)して密会していた田舎娘、とか。



 ――改めて考えると、とんでもないことをしていたのだわ……。クビ、かしら。


 あるはずのない醜聞が明るみに出れば、立場を追われるのは大抵弱い者のほう。王子の言葉に仕方なく従っていただなんて、聞き入れられるかどうか。


 それに、彼からの質問に返す内容が尽きた日、「次はあなたの話を」と促したのは私のほうだわ。

 ……私自身が悪者になるだけなら構わないけど、実家には影響がないよう、しっかり交渉しなければ。



 予想もしない出来事がその身に降りかかると、人は思いのほか冷静になるものかもしれない。


 アメリーは気を持ち直すと、口元をキュッと結んで応接間の扉を見据えた。

 さっきより剛健な騎士様でも、一番偉い大臣様でも何でも来い。そんな決意が聞こえてきそうな瞳で。



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