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二十三本目 (3)

 

 ――気づいてしまった。私は彼のことが好きなのだ。


 いや、本当はもっと前から、もしかしたら初めからずっと。


 多かれ少なかれ、自分でも知らないうちに彼の引力みたいなものに引っ張られて、それについて見ないふりをしていただけだったのかもしれない。


 あの場所で過ごした時間、風景、それらが見えなくなりそうになったのを寂しいと感じ、他の女性に向ける眼差しに図らずも胸騒ぎを覚え、終わる時間を名残惜しいと思う。……これが恋でなくて何だ。


 気づいたところで、どうなるものでもないけれど。




 あんな()を、するとは思わなかった。



 王城勤務を始めてすぐ、成人を祝うパレードに立つ彼の姿を見た。遠目にも、太陽さえ目をすぼめるのではないかと思われるほど、眩しく輝く光。


 それから、第二図書館で見た影。同一人物だなんて信じられないと思ったけれど、それは案外不快なものではなかった。


 彼が、あの場所に息をしに来ているのだということも――美しい容姿、王子としての地位、好ましくない評が立つほどの周囲からの羨望。

 全てを手にしているように見え、彼は彼なりに、そこに息苦しさを覚えるとか、周りが想像する以上に神経を使っている様子の日々だとか、常人にはわからない何かがあったのだ。


 それに時折見える、気を抜いたような表情や、あどけなくも思える素顔。



 それらを知ってもなお。


 けれどやはりアメリーにとっては、彼は別世界の人間(ひと)だった。そうでなければならなかった。



 ひょんな偶然から出会った、いち図書館員、いち田舎領主の娘。“息抜き”に同席させたのは、きっと王子様の単なる気紛れ。


 物珍しかったのかもしれない。周りのご令嬢のように着飾りもせず、結婚や恋愛にも、目の前の高貴な人物にも大して興味がなく、本や仕事のことばかり生き生きと追う姿が。



 だから彼がそれに飽きてしまえば、あの時間は簡単に終わるはずだった。

 始まりと同じように突然に、なんの感慨もなく、気のまぐれで。


 彼の言葉も囁きも、ときに瞳の奥に燃える炎も、全て戯れ、冗談の範囲にあるもののはずだった。それなのに。


 どうしてあんなふうに、怒っているみたいな、……泣いているみたいな。


 どうしてあんな()を向けてくるの――。




 第二図書館からアメリーの職場である第一図書館まではそれなりに距離がある。普段から運動する習慣がない彼女にとって、一息で走り切るには遠すぎる。

 王城内の各施設を繋ぐ石畳の道の上、彼女は息を切らして立ち止まった。なるべく人目に触れない場所を探して、付近に植えられた樹の陰に身を寄せる。


 斜め前の地面にぽたり、落ちた水が石の色を変える。

 アメリーは顔を上げた。灰色の空。雨だ。お使いに出るときから、今日はあまり天気が良くないなと思っていた。


 顔にも雫が落ちてきた気がして、彼女はそれを手で拭った。生温かい。雨じゃない。

 それが自分の目から零れたものだということに、彼女は初めて気がついた。瞬きすると、はらり、もう一つ零れた。



 涙の跡、ばれてしまうだろうか。戻ったら、館長や用事を頼まれていた人たちに報告しなくてはならないのに。

 もう一度、空を見上げる。雨足は強くない。ぽつぽつと申し訳程度に、ところどころ地面の色を変えてみせるだけだ。顔がぐちゃぐちゃなのは雨のせいですなんて言うには少し苦しい。



 そんな中途半端さをぼんやりと眺むうち、空は泣くのをやめた。

 いつの間にか、彼女の頬を濡らす雫も止んでいた。


 きちんと対峙せず、名を授けてあげられなかった想い。最後の最後まで目を背け、その感情が何なのか自分で決めることもできなかった。


 そうあれば必然、悲しみさえ宙ぶらりんだ。

 いっそのこと、言い訳など必要ないくらいの大雨になってくれたらよかったのに――。



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