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二十三本目 (1)

 

「うーん……」


 次の水曜日、アメリーは花屋の店先で腕を組み、小さく唸っていた。


 彼女の前にあるのは見事な赤い花。ツンと少し尖った花弁が幾重にもなり、大ぶりな花を形成している。

 女性への贈り物として人気のその花は、豪華で美しく、例の“お使い”にぴったりに思える。



 でも、この赤は……、ちょっと違うわ。


 アメリーにとって何かしっくりこない気がするのは、その色。

 濃くて鮮やかな色味は素晴らしいが、目の前にある赤は青みの赤。どちらかというとワインに見られる色に近い、といえば分かりやすいだろうか。


 こういう赤ではなくて、もっと……。


 思い巡らせつつ店内に一歩入ったところで、彼女ははたと気がついた。


 ――私は何を真剣に悩んでいるのかしら。他人が他人に贈る花なんて、言ってしまえばどうでもいいのに。

 赤即ち彼の瞳の色、そう感じた印象が強すぎたために、見合う赤色を彼女はつい探してしまったのだった。


 やっぱりさっきのものでいいかしら。

 思い直して(きびす)を返そうとしたとき。ちょうどその一歩だけ踏み込んだ場所に置かれた一つの赤が、彼女の目に飛び込んだ。



 あ…………


 黄みよりの赤。暖かく、静かに燃える炎のような。数枚だけの花弁を持つその花は純朴で、ぱっと小さく咲いた太陽のよう。


 これだわ。……でも。


「君が好きなものを選んでくれればいい」。

 彼はそう言っていたけれど、本当にこれを選んでよいのだろうか。他の女性に贈る花を? 彼の瞳を思い浮かべるうち目にとまった、アメリー自身がいいと思ったこの花を?



 (はた)から見ればその小さな花を凝視する格好になっていたアメリーに、店の女性が声をかけてきた。親しみやすそうな笑みを携えた、恰幅の良いおばさま。


「お姉さん、趣味がいいわね。それ、今年はこの時期で最後。何本にする?」

「ええと、あの……」


 まだ迷っているところです、アメリーははじめそう答えようとしていた。

 けれど、何を思ったか、彼女は開いた口を一旦閉じる。それから、心を決めたようにきっぱりと言い直した。


「一番小さい花束にしてください」




 半ば自棄(やけ)のようなものだったのかもしれない。


 アメリーがどれだけ心を砕こうとも、そうせずとも、この花が誰かへの贈り物となるのは同じ。それなら変に気を遣うだけ無駄。好きなものを選べばよいという用命、それをきっちり遂行するだけだ。



 第二図書館に入ったアメリーは、ロベールが待つソファーまで早足で向かうと、買ってきた花束をついと差し出した。


「ご依頼のお花です」

「ああ……、ありがとう」


 花束を眼前に突き出され、彼は丸い目でぱちりと一つ瞬きをした。


 けれども、受け取った花を改めて見たあと。

 それを見つめたまま、彼はふっと顔を緩めた。アメリーが思いもよらない、しっとりと、愛おしむような表情。



 いつの間にそんな顔をするようになったのか。心底面倒そうに、猫を被って接する人数が増える、そう言っていた相手に向けて。


 でも、その話をしたのはもうひと月以上前。アメリーが預かり知らぬところで、彼の心境が変わっていても何らおかしくない。



 無意識に目を背けるアメリー。胸の奥で再び、微かな何かが蠢いている気がする。


 また、そうして身体が意図せぬ反応を見せることに、一番驚いているのは彼女自身。先日途中までしか読めなかった恋愛小説の言葉を敢えて借りるとするならば、「自分が自分じゃないみたい」。


 アメリーは全力で見ないふりをした、知らないその感情を。



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