休日 (1)
――急に見えなくなった。それを、寂しいなど……
アメリーとて、恋愛というものに一切興味がなかった訳ではない。本の中でなら、それこそいくつも経験した。
実家の書斎は、幼少期の彼女にとってちょっとした魔法の国だった。ひとたび頁を捲ればどこへだって行けたし、何者にだってなれた。実生活では知り得ない感情を知ることだってできた。
予期せぬ場所に連れて行かれる、そんな感覚が愉しくて、アメリーは手当たり次第に本を読みあさった。
その内容において、分野や分類はあまり関係がない。本棚の前に立って、そこに並んだいくつもの背表紙を眺めるうち、ぴんときたものを選ぶ。そうやって手にした本がたまたま、身を焦がすような恋愛小説だという日もある。
恋愛を主軸に置いた小説の中で、男女が出逢えば二人は自然と惹かれ合う。(その、自然と惹かれ合う、というのがアメリーには正直よく分からなかったのだが、それでも)彼女は物語を楽しんだ。
登場人物の目を通して見た恋人ないし恋焦がれる相手は素敵だったし、その恋に障害が立ちはだかれば、彼らと一緒に悲しんだり落胆したりした。
現実世界にて彼女に恋と呼べるものがあるとすれば、ちょうどその頃、時々会う機会があった“従兄弟のお兄さん”だろうか。
確か十歳近く年上の彼もまた本好きで、広い書斎を目当てに、アメリーの実家に遊びにくることがあった。
穏やかで、流れるように語られる言葉の、その声が好きで。本を読み聞かせてほしいとアメリーは度々せがんだ(既に自分一人で十分に文章が読めるようになっていたことは、もちろん内緒)。
いつだか、そういえば最近彼が来ていないなと思ったら、知らぬ間にどこぞの家に婿養子に入っていた。それと気づかぬうちに散った、淡い初恋。
それからは、恋愛対象となるような年頃の異性と接する機会がほぼなく、色恋の情報源といえばもっぱら二人の姉たち。
社交場に出入りできる年齢となった彼女らは、誰それが格好良いだの、どこどこの縁談が纏まっただの、しょっちゅう噂話に花を咲かせていた。
小さな貴婦人たちは、密かに憧れていた男性に自分より美しい女性との結婚が決まったと言って泣いて落ち込み、かと思えば翌日にはけろっと次の夜会の戦略を立てていた。(王都ほど煌びやかではないにせよ、田舎にも一応夜会はある。)
「だって、情熱的な恋に落ちたって、家格とか色々な問題で結婚できない場合もあるのよ。今のうちに楽しめるだけ楽しまなきゃ損だわ」、これは上の姉の言い分。
結局彼女は、親の勧めで渋々会った男性と話してみれば途端に意気投合し、さっくり縁談を纏めて嫁いでいった。下の姉も、まあ大体似たようなもの。
その頃アメリーは既に、実家の懐事情を十分理解していた。お金の問題で、結婚は自分には難しいかもしれないと考える一方、それについて大した未練もなかった。
姉たちを見てきたアメリーの結論:恋愛というものはあったらあったで楽しいのかもしれないが、なくても特段困らない。
失恋してきたかと思えば翌日にはけろっと忘れ、何度か同じことを繰り返した後、全く別の男性にさくっと嫁いでいく。そのくらいのもの、元々あったってなくたって構わない。
恋愛の最終目的が結婚だというのなら、まして結婚予定がないアメリーには最初から必要ないだろう、と。