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二十二本目

 

 何度か変わらぬ水曜日が過ぎた。



 ロベールの婚約話については、二人のうちどちらも、その後取り立てて話題に挙げることはなかった。


 彼が何も言わないということは、特に滞りなく進んでいるのだろう、アメリーはそう暗に感じていた。

 話が正式に決まれば、流石にこうして会い続けるわけにはいかない。(やましい事は何もないとはいえ、今でも十分、これ如何なものかと思われる状況であることは置いておいて。)


 アメリーは勿論、そこに異を唱えるつもりはない。元々、いずれ向こうが飽きるか何かして終わるだろう、そんなふうに推察していた。

 ただ彼女に一つ誤算があるとすれば――いずれ来る終わりを、少し寂しいと、この時間に愛着を持ってしまったことだろうか。




「ねえアメリー、聞いてる?」

「…………あ、」


 ふと何処かへ漂ってしまったアメリーの意識は、柔らかな呼びかけによって引き戻される。

 瞬き一つで目の前の映像を認識すると、そこには素の表情のまま、首を傾げるロベールがいた。


「申し訳ありません。ちょっと、ぼうっとして」

「珍しいね。……何かあった?」


 彼の瞳の中、緋い火が少しだけ揺れた。


 普段と違う様子を見せてしまったところ、心配してくれたのかもしれない、とアメリーは思う。彼がそばにいる人間のことを存外よく見ていることも、……きっと優しい人なのだろうということも、彼女は既に分かっていた。



「いえ、本当に何も。このところ、少し忙しかったからかもしれません」

「……そう? 大丈夫ならいいけど」


 平気だということを示すため、アメリーはめいっぱい憂いのない笑みを浮かべてみせた。

 他人に作った笑顔を向ける日がくるなんて……、全く影響(はなは)だしいわ、内心そんなふうに思いながら。


 ちらと窺うような視線を彼女に投げたあと、しかしロベールはそれ以上追求しなかった。



「じゃあ、お願いしていい? 花束」

「え?」

「やっぱり聞いてなかった」


 呆れたように、でもどこか慈しむように笑いながら、彼はアメリーが聞き逃した内容をもう一度説明した。


 来週のお使い時、アメリーに花束を一つ買ってきてほしいということ。それと、その日彼は再びナミュール家のご令嬢と会う予定があること。


「あまり大仰なのも困るだろうし、一番小さいものを。色は、そうだな……赤にしよう」

「わかりました。種類とか、何かご指定はありますか?」

「君が好きなものを選んでくれればいいよ」

「…………」




 ――一体どこから突っ込めばいいのやら。


 指定の色は、赤。贈る花として一般的に見え、しかし彼から受け取るとなれば、それは意図的に彼自らの瞳の色に合わせたとしか思えない。

 清々しいほどの自信家だ。自分の色である赤を贈ればどんな女性でも一様に(なび)くと――だが、これだけの美貌と王子としての地位があれば、そう思っても当然かもしれない。



 それから、婚約者となる相手に花束を贈るのは、分かる。けれどもそれを、単なる図書館員のお使いついでに頼むとは、また仮にも他の女性に選ばせた花を贈るというのは、どういうものか?

 色恋に疎い自覚があるアメリーですら、それはどうかと引っかかるほどだが……ここまで潔く毅然とした態度で申し付けられては、声を上げて咎める気も起きない。


 裏を返せばそれだけ彼にとっては些末で、もしかしたらどうでも良いことなのかもしれない。

 未来の伴侶となる相手のことも、そしてアメリーのことも。



 頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、アメリーは彼の顔をちらりと見た。


 その視線に気づいたロベールは、にっこりと、彼女に満面の笑みを返してよこす。

 アメリーがこの廃図書館で初めて彼に出逢ったときと同じ、完璧な笑顔を。



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