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十数本目 (1)

 

 どちらから言うともなく、その後も“逢瀬”は穏やかに続いた。


 煙草一本分の時間。その日あったことだとか本当に他愛もない話をして、特に名残惜しむこともなく解散する。


 生真面目なアメリーは、水曜日、小走りする勢いでお使いを済ませる。そして職場の机に戻ってからは、他の曜日と比べてほんの気持ち、多めの仕事をこなしてみるのだった。




 夏が終わろうとしていた。



 突き抜けるような春の青空が、見る間にさらなる明るさをもって次の季節を告げる――アメリーが彼に初めて出逢ったのはそんな折だった。


 同時にその頃、彼女は二十一歳の誕生日を迎えていた。十八歳のロベールからすれば三歳年上ということになる。


 いつかの話の流れでアメリーは彼に自分の年齢を伝えていたが、それによって彼がアメリーへの態度を変えることはなかった。そもそも王族にとって、目の前の人間が自分より何歳上下(うえした)であるなどどうでも良いことかもしれない。


 それでも普通であれば何処(どこ)かの夫人となっていておかしくない年齢で、三歳下のしかも異様に麗しい青年から時折「お嬢さん」なんて戯れのように呼びかけられるのは、アメリーとしては(いささ)か気持ちの据わりが悪かった。



 二人がそんなやり取りをする間にも、太陽の季節は折り返し地点を過ぎる。気がつけば朝晩の空気は人が思う以上に涼やかで、そこに吹き込む風は空の主役の交代を静かに仄めかす。


 アメリーが、彼が煙草に火を点けるのを見た本数でいえば、十数本。二十には満たないくらい。このような期間を、長いと感じるか短いと感じるかは人それぞれだろう。


 ただ、一回一回の“逢瀬”の時間についていえば、――煙草一本分の時間って案外短いんだわ。そんなふうにアメリーは感じはじめていた。

 一方で、第二図書館を出たあとは急いで職場に戻ることも、彼女は決して忘れなかった。




 そんなある水曜日。


 すっかり慣れた足取りで、アメリーは第二図書館を訪れていた。ロベールはいつも通り、定位置のソファーにて彼女を待っている。


 しかし近付いてみれば、その表情が普段とは異なることにアメリーは気がついた。彼の標準装備である、妖艶な笑みが見当たらない。

 かといって、そこに何か別の感情をのせている訳でもなく、無表情――女性に喩えるならば化粧を施さない素を晒したような無防備な顔は、どこかあどけなく、意外なほど幼く見えた。



 目の前までやってきたアメリーをじっと見るなり、彼はふっと短い溜め息をこぼした。

 だが表情は変わらず、いずれの感情にも中立的で、とりわけ落胆や失望といった響きは感じられない。


「どうかしたのですか?」


 少々不思議そうに訊ねるアメリー。瞬間さっと、彼はいつもの調子に戻って言葉を返した。口元には掴みどころのない微笑が帰ってきている。


「ちょっとこのあと、憂鬱な予定があってね」

「そうですか。大変ですね」

「……何ですか、とは訊いてくれないんだね」

「では、お煙草の間だけ」



 アメリーは段々と、この王子の扱いに慣れてきていた。


 彼女ははじめ、不敵な笑みに隠された彼の心の中が、何を考えているのか、全く分からないと思っていた。

 だがよくよく見てみれば、その装備が見た目ほどは()()()()していないことに気づく。一見精巧に作られた笑顔の隙間から、ちらほらと他の表情も覗くのだ。

 但しそれはここでの彼が、“息抜き”中だからなのかもしれないが。


 彼はアメリーが訊いても訊かなくても、話したいときには勝手に話す。相手の反応などお構いなしといった風情で、飄々と。

 さしずめそれは、自らのペースにのせ、彼女をこの第二図書館に呼び寄せた手立てと同じ。

 だからアメリーがわざわざ熱心に、「何ですか」なんて訊いてやる必要はないのだ。



 ……ただ一つ以前と違うとすれば、こうした彼の態度をアメリーが疎ましくは思っていないということ。


 確かにアメリーは度々彼のペースにのせられてきたのだが、振り返ってみればそれらは、そう押し付けがましいものでもなかった。

 本当に不快に思ったなら、どうにかして跳ね退けることもできた。王子という権力に任せた強制的なものというより、結局はアメリー自身が受け入れた何か。そんなものだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] えっ、王子さま年下だったのですね。逆だと思い込んでいました(読み落としたかも。すみません)。 わあ、そうなると煙草というのがますます「悪い王子」に思えるし、かつ何やら可愛らしく見えてきます…
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