数本目 (3)
この国の王と王妃の間に生まれた二番目の息子。それが第二王子ロベールだ。
彼には三歳年上の兄王子が一人いて、名をフェルナンという。宗教上の理由から、国王に正妃以外の妃はない。両親とも同じ血を分けた王子二人の関係は良好。
なお、長子相続を基本とする国のしきたりに倣い、次の王として立つのは第一王子であると公表されている。
温厚でのんびりとし、真面目そうでもある第一王子フェルナン。
彼は少し前に婚姻を結んだ。相手は何人も妃を輩出してきた名家のご令嬢で、未来の王妃としての責務にも積極的だとか。こうした環境下、彼は王太子としての任に一層励んでいる。
そんな第一王子への人々の評は、総じて好意的なものばかり。
一方、第二王子はどうやら政務よりも、美術品や音楽が大層お好きなようだ――。これが、二人の王子を対比してよく囁かれる話。
兄王子がせっせと勉学に勤しむ傍ら、弟君はそれに見向きもせず芸術に耽っているらしい……、なんて揶揄するような声も時々聞かれる。
噂話にはさして興味がないアメリーも、この程度の話は耳にしたことがあった。
「ま、大体言われてるとおりだよ。特に面白くもないでしょ?」
一般的にいわれている自身の評判についてさらっと述べたあと、ロベールはあっけらかんとそう言った。
上流階級の者が芸術を好むのはよくある話だ。それでも、彼が兄王子と比べて眉を顰めるような言い方をされるのは、人が噂や対比構造といったものを好むからだろう。
彼の容姿も関係あるかもしれない。
兄王子フェルナンは少々ふくよかで、非礼を恐れずにいえば平凡な顔立ち。おっとりとした雰囲気と相まって、見る者はすっかり毒気を抜かれてしまうらしい。
対して弟王子の美貌は息を呑むほど。優れた者の粗を探したくなるのは人間の性ともいうべきか。彼が噂の的となるのは必然にも思える。
姉たちの話や市中に出回る王族のポートレート等を思い出しつつ、アメリーはロベールが語る内容に耳を傾けた。それは概ね、彼女がこれまで聞いてきた世間の評と同じ。
しかし、アメリーにはどうしても気になる点が一つあった。
「芸術品、お好きなんですね」
「そうだね、暇さえあれば何か鑑賞しているよ」
「では、この第二図書館は、ロベール様にとって宝庫ですね」
「……え?」
日常的には参照されない書物たちを残し、今や倉庫と成り下がった第二図書館。実用性こそ第一図書館に譲ったものの、だがそれは、所蔵資料の価値がなくなったということではない。
むしろ滅多にお目にかかれない希少なものばかりという点で、特定分野の愛好家にとっては夢のような場所だ。知る人ぞ知る画家の廃盤になった画集、歴史の狭間に埋もれた音楽家の手記……、芸術を愛する者からしたら、それらは垂涎もののはず。
けれども、この説明を聞いたロベールの返事は要領を得ないものだった。
「あー……、そっか。今度見てみるよ」
そう返事をして、彼はさりげなく視線を横にずらした。
しまった、そんなふうにとれる表情が浮かんだ気もする。その一瞬をアメリーは見逃さなかった。
「失礼ながら、ロベール様。本当に芸術がお好きなのですか? 政務も放るほどに?」
「…………」
ややあって、ロベールは視線をアメリーのほうへと戻した。観念したように、ふう、と小さく溜め息を吐く。
それから彼は僅かに小首を傾げて、微笑と共に言った。
「もちろん、好きだよ。それなりにね」