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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
3章

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22話 王都での疑似デート開始

 俺たちは王都の別邸にいた。


『広間を臨時出店場所にしてほしい。なんとか店っぽく』と店主にお願いしていたが、想像以上の仕上がりだ。


 ショーケースこそ持ってこれなかったが、壁には店名を記した看板が飾られ、テーブルクロスには全種類のケーキが並べられていた。なにより部屋に入った瞬間の香り。軽く鼻先をくすぐるのは‶甘さ〟なのだが、その中にはバニラやシナモンといった各種香料も混じっていて、「これぞ菓子店」という感じがする。


 実際、シトエンは入室してすぐに「お店に来た気がします」と笑顔になった。


 メイルは、給仕の営業スマイルにご満悦のようだ。

 ラウルが念のために素性を確認したが、俺とシトエンがお忍びデートしているときに何度も顔をみている。臨時雇いの従業員ではないことはわかっているから安心だ。


「いやあ……あんたが王子だったとはねぇ。いまだに信じられないよ」


 シトエンとメイル、アリオス王太子が並べられたケーキを楽し気に選んでいる間、俺は壁際でラウルと警備の打ち合わせをしていたのだが、近づいてきた店主にそんな風に声をかけられた。


「王子として堂々とやってきた方がよかったか?」

 苦笑すると、コックスーツの店主は首を横に振った。


「たぶんそれでも偽者だと思っていたろうね」

 俺が声を立てて笑うと、店主は立てた親指でシトエンを差して見せる。


「あっちはね、高貴なお嬢さんなんだろうなぁと思っていたよ?」


 なにしろ初めて俺とシトエンを見た時、こいつ『弱みを握られているんですか、お嬢さん』とか言ってたからな……。


「今日は無理を言って悪かったな。ここにある商品はすべて買い取るし、臨時出店代金は……」


 ちらりとラウルを見ると、すすす、と店主に近づいて代金を耳元で囁く。そのあと、紙袋を手渡した。その額に店主は不審げに眉をひそめた。


「え。……こんなに、いいの?」

「ああ。その代わり口止め料も入っている。今日、ここに誰が来ていたかは内緒だ。もちろんこの建物の構造もな」


 人差し指を立てると、店主は恐々と言った風に頷いた。


「……ここを出た途端、殺されたりしないよね」

「殺されないように、俺たちが守ってやる」


 俺は笑う。


「商品を客にサーブしたら、帰ってくれ。うちの騎士団が店まで送る。後片付けはいらないし、もうここには戻れないと思ってくれ」


 余計な人間をここに置いていて変なことに巻き込まれては困る。そこからなにが漏れだすかわからん。最初のサーブは店員にしてもらうとして、そのあとはイートンにまかせていた。


「だったら帰る時、看板も持って行っていいか?」

「もちろん。ただ、商品はすべて置いて行ってくれ」


 毒が入っているとは思わないが、念のため一部はサンプルとして残しておき、あとは団員たちが責任をもってすべて頂くことになっている。


「じゃあ、お客さんたちが商品を選んだら撤収にかかるよ」


 店主は軽く手を上げて俺から離れる。

 ケーキが並ぶテーブルの側ではメイルが給仕になにか質問をしていた。少し離れたところでは宰相が興味深そうに菓子を順繰りに見て回っている。


 シトエンやアリオス王太子はすでに注文が決まっているのだろう。メイルに話を合わせたり、にこにこ笑っている。


「あの女、ほんっとヤなんだけど」

 苦々し気な声に「ん?」と顔を向けるといつの間にかロゼがいた。


「おお、ロロ。今日もよろしく」

「それ最悪だし! なによもう、犬の名前⁉」


 官帽を目深にかぶり、今日もキャスケットみたいになっている部分が、怒りでボンっと噴き上がりそうだ。


「モンモンなんてセンス皆無。ま、熊男にそんなもの期待してないけど」


 モネが腕を組んでこちらを睨んでくる。こちらは官帽を斜めにかぶっているせいか、ひとつ目だけが眼光鋭く怖いのなんの。


「最初に偽名を決めておけばよかったなあ。いまからなんかつけるか?」

「ジョンとジョージでよかったんですよ」


 ラウルはそっけない。


「団長も一緒にケーキを召し上がるんでしょう? なににします?」

「なんでもいい。あ! シトエンには桃とりんご……」


「もちろん抜いてあります」

 ラウルは言い、給仕を呼び寄せて「この人にはモンブランを」と伝えていた。


「今日はお前たちも屋内待機だったろう? 順番になんかケーキ喰えよ」 


 ロゼとモネに言ったとき、ちょっとだけ声が聞こえたのだろう。

 メイルがこちらに顔を向け、ロゼとモネに手を振って見せる。

 ロゼとモネは気づかなかったふりをして俺の影に隠れるのだが。


「シトエンさまを間近で守れるのはいいんだけどさあ! あいつ、気持ち悪いんだけど!」

「こらっ。仮にも王族の婚約者を『気持ち悪い』とか言うなっ」


 牙を剥きそうなロゼに注意をするが、モネもうんざり顔だ。


「自分は誰からも愛されてるって本気で思ってる。おめでたいおつむね」

「だからディスるなっ」


「サリュ王子はなんだかんだ見る目あるよ。あっちの王太子はシトエンさまを振って、あの女を選んだんでしょ? はー。ないわー」


 ロゼは芝居がかった仕草でため息ついて見せる。俺も首をひねりながら答えた。


「俺にはわからんが、アリオス王太子はめちゃくちゃ惚れている。そのポイントがわかれば惚れるんだろうな、きっと」

「なにそれ、こっわ。一生気づかなくていいよ、全人類が」


 ロゼは一刀両断だ。


「ほらほら。配置に戻る。団長は温室(コンサバトリ―)へ」


 そんなことを考えていたら、ラウルが戻ってきた。ロゼとモネにてきぱきと指示を出し、俺をシトエンたちの方に押しやった。


 すでに商品は選び終えたらしい。

 一行は騎士に先導されて広間から温室へ移動した。


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