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19話 ルミナス特有の武器

「サリュ王子ぃ、カラバン共通語で話してもいい?」

 こくりとカクテルを一口飲んで、メイルは小首を傾げて俺を見上げる。


「かまわんが……」


 返事をしてから、ああなるほど、もう長兄夫妻との会話が限界だったのか、と気づいた。ティドロス語を習得しているとはいえ、まだ達者じゃないんだろう。


「シトエンさまはお酒を召し上がらないの? さっききれいなカクテルがあったから一緒に飲みましょうって言ったんだけど」


 カクテルグラスを傾けてからメイルが不思議そうに俺とアリオス王太子を見比べる。アリオス王太子が訝し気に首を傾げた。


「いや……飲めないわけではないだろうが」

「つい最近、ちょっとやらかして……。それ以降控えているみたいだ」


 俺がぼやかして説明をすると、アリオス王太子は心底驚いた顔をしてみせる。だが、すぐに破顔した。


「あのシトエンが、か。よほどサリュ王子に心を許しているとみえる」

「許して……んのかなぁ」


 その時の状況が状況なだけになんとも。俺は表情を隠すためにウィスキーを一口飲む。


「あのお屋敷で一緒に暮らしているんでしょう? シトエンさまと」

「当たり前だろう。夫婦なんだし」


 思わず咳き込んだ。なんで別々だと思ってんだ、メイルは。


「ねぇねぇ。そしたらシトエンさまの竜紋、見た?」

「メイル」


 顔を近づけて声を潜めるメイルを、アリオス王太子がさすがに咎めた。ぷう、とメイルが頬を膨らませてまたカクテルを呑む。


「だって気にならないのかなって。ウロコみたいにいっぱいあるんでしょ? ほらトカゲみた……」

「メイル、静かに」


「あ! ……ひょっとしてアリオス王太子も見たことがあるの? ……だってシトエンさまとは婚約者同士だったこともあるんだもんね……」


 本人はしょぼんとしているんだが……。

 地雷踏みまくってんな、こいつ。


 竜紋を気味悪いように言ってみたり、現在の夫である俺の前で「前の婚約者だったシトエンの裸を見たことあるか」と尋ねてみたり……。


「メイル。わたしが女性の身体をみたのは、あとにもさきにも君だけだ」


 まあ……俺に対しても言ってるんだろうけど、アリオス王太子がきっぱり言い切ったもんだからメイルは途端に有頂天になって「えへへ」とか笑いながらアリオス王太子にすり寄っている。


 ……宿泊場所に戻ってからやってくれ、ホント勘弁。


 そう思いながらも。

 ふと、気づいたことを口にした。


「……なあ、その竜紋なんだがな。お前はどうして形を知っているんだ?」

「へ?」 


 メイルがきょとんとするから、俺は片足に重心をかけ、見下ろす。


「さっきシトエンの身体にはウロコのような刺青が施されていて、まるでとかげのようだ、と」

「そ……それは」


 途端に顔色を失くして口ごもる。


「先に言っておくが、シトエンに施された竜紋はお前が言っていたようなものじゃない。それなのにお前は、まるで見てきたように言ったんだよな?」


 腰を屈め、顔を寄せて尋ねると、メイルはさっとアリオス王太子の影に隠れてしまう。ったくこいつは……。


「別に咎めているわけじゃないし、怒っていない。ただ不思議だったんだ。竜紋はその形さえ秘匿されている。それなのにお前はやけに確信したように言っていたようだったからな」


 最初はメイルが嘘を言っているんだと思った。

 きっと竜紋というイメージから自分で想像したものをアリオス王太子に吹き込んだんだ、と。


 だけど。

 こいつにそんな想像性はあるだろうかと。


 竜紋を実際に見たのかとも考えたが、シトエン自身があれほど気をつけ、侍女のイートンも使用人にまで目を光らせているのだ。ルミナスにいた時でも見る機会はなかっただろう。


 で、あれば。

 誰かの受け売りではないか? 


「メイル。サリュ王子は尋ねておられるだけだ。なにか知っているのなら正直に答えなさい」


 アリオス王太子がそっと声をかける。

 それでようやくメイルは彼の影からおずおずと出てきた。


「その……『見たことがある』ってひとから聞いたの」


 細かい瞬きを繰り返し、上目遣いに言うから、できるだけ俺も優しい声で尋ねた。


「それは誰だ?」


「あたしがまだ街に住んでいた時、よく通っていたお店の店主さん。外国のアクセサリーとか衣装も取り扱っていて、布なんかは切り売りしてくれるからとても重宝してて……」


「店主? 衣装やアクセサリーを取り扱っている?」

 つい訝しくて顔をしかめる。なんでそんな奴が?


「仕事柄外国によく行くから詳しいんだ、って。お話なんかもとても楽しい人でね、あたしが初めて王宮のパーティーに行くんだって言ったら、服とかアクセサリーとかをお手頃価格で見繕ってくれて。ほら、アリオス王太子、覚えてる? あたしと初めて出会った時、あたしのリボン柄とアリオス王太子のネクタイ柄が一緒で」


「ああ、もちろんだ。それでわたしから話しかけたんだから」


「そのリボンを買ったお店なの。うちはしがない男爵家だし、王宮のこととかあんまり詳しくなかったんだけど、その店主さんがいろいろ教えてくれてね」


 ご機嫌でメイルは話すのだが。

 俺だけでなく、アリオス王太子もさすがに眉根を寄せる。


 一介の市井の店主が……そんなことあるか?


 しがない男爵家だとメイルは言うが、いくら豪商でも商人の方が貴族作法に詳しいことなどあるだろうか。


 ふと、アリオス王太子と目が合う。

 問うような色を瞳に浮かべているが、俺だってこれだけじゃなにもわからない。


「……その、アリオス王太子にもうかがいたいことがあったんだ」

「なんだろう。わたしに答えられることだろうか」


 真剣な顔をこちらに向ける。


 ……真正面から見たら本当にこいつイケメンだな。よくラウルが「なんでシトエン妃は団長がいいんだろう」ってぼやくが、俺だってそう思う。よくこいつに勝てたもんだ……。


「シトエンとの縁組って、竜紋ありきで勧められていたのか? それともタニア王国との結束を固めるための王族同士での婚姻とかか?」


「もともとは宰相が進めていたと聞く。竜紋を持つ年頃の娘がいるから王太子わたしとどうだろう、と。タニア王の覚えもめでたい娘だから友好関係を築くにもいい、とか」


「宰相?」


 あのおっさんか、とは急いで飲み込む。


「竜紋にも詳しい。タニアに友人がいるとかで」

「へぇ」


 なんだかさらにあの宰相、胡散臭くなってきた。

 そのとき、壁で待機していた騎士のひとりが何かに気づき、俺のところに近づいて来る。


「どうした」

「ラウル殿が」


 顔を向けると、出入り口から顔だけ出して俺を手招いている。

 アリオス王太子とメイルに断りを入れ、足早に近づいた。


「どうした」

 廊下に出ると、ラウルだけじゃなく、男装したロゼとモネもいる。


「庭に侵入者らしきものがいたから、お姉ちゃんともうひとりの騎士にも声をかけて追いかけたの」


 ロゼが興奮気味に言い、ラウルが引き継いだ。


「すぐに合流して、一度はとっ捕まえたんですが逃がしてしまって……」

「だけど、こんなものを落としてて」


 モネが、自分のものらしい大ぶりのハンカチに包んでいるそれを俺に差し出す。


「なんだ?」

 指でつまんでハンカチを広げると……。


戦棍メイスか……」


 人の手首から肘ぐらいまでの長さのそれは、先端に重さを持たせ、突起物をつけた殴打用の武器だ。


 なにより一番問題なのは……。


「これ、ルミナス特有のものですよね」


 ラウルがぼそりと言う。


 そうなんだよな……。

 これって割とルミナスの歩兵が敵の鎧を砕くように使うんだよ。

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